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「毛利家の至宝」 サントリー美術館 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

必見の美術館その2は、サントリー美術館の「毛利家の至宝」

雪舟の最高傑作、長大な絵巻、「山水図長巻」が出るというので、ゼッタイ見逃すわけにはいかん。実は先日連れ合いが見てきて、「水墨画が雪舟から始まったという意味がわかった」とかナントか言ってましたので、「そんなもんかなあ」と思いつつ、行ってビックリ!見てびっくり!

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チラシの上部はその一部。ゴツゴツした岩肌の傾斜が重なり、遠く霞んだ先には屋根が見えます。岩の間をぬって清流が流れ落ちています。石橋を渡り杣屋へと向かうのは老人と従者の童子。2人からは、ほのぼのした雰囲気が感じられます。

この「山水図長巻」は東京では滅多に公開しないそうですが、館内が空いていたので、何度も何度も繰り返し見ることができてホントにラッキーでした!

東博の国宝室では、時折「秋冬山水図」の軸をかけています。教科書にも出ているあの有名な絵を見ても、今まで何か感じたことはなかったし、良さが少しもわかりませんでした。正直”雪舟”には関心がなかったのですが・・・・・・やはりきちんと作品を見ないとダメだ、と反省。[ふらふら] 「山水図長官」に圧倒されて”雪舟”の印象が180度変わりました。

長巻と呼ばれるのはもっとも。スケールの大きさがワタシの思ってる水墨画の領域と全然ちがいました。(16メートルもあるそうですが)、幅広の長大な巻物に四季の山水と人々の営みの移ろいが丁寧な描写で細かく描かれています。しかもつながっていながら、季節はそれぞれ完結したまとまりになっていて、どの場面を取り出しても斬新な構図と緊張感のある線描、そして墨の濃淡で表された奥行きと広がりに圧倒されます。すさまじい筆力です。空気のゆらぎは素人目にもわかります。「なるほど、等伯が雪舟を範として励んだはず!」と思いました。太く力強い墨の線はとても魅力的で画面からはみ出さんばかりです。墨の濃淡の使い分けが素晴らしいです。淡く色付けされた箇所も見られます。

臨模をしたと思われる”伝・雲谷等顔”筆の副本(これも国宝)が隣に展示してあったので、何度も何度も見比べました。でもやはり印象が全然違う。特に違うのが薄墨でさっと刷かれた雲霞の表現。多分、空間の表現じゃないかと思いました。

この作品は雪舟に明渡航の機会を与えてくれた山口の大内家に献上されたものだそうです。南宋時代の”夏珪”の山水図巻を手本にして図案を造ったものだそうですが、もちろん雪舟が練り込んだ構想力と独特の描写力で、空想の情景を描き出しています。(夏珪は日本人に人気があったようですね) 

雪舟のことだけで頭がいっぱいだったんですけど、”毛利家”はかなり面白かったことを付け加えておきます。
毛利元就は記録が好きだったみたいで、有名な”三子教訓状”(毛利隆元、吉川元春、小早川隆景に宛てた)自筆書状が展示。なんども「(元就は)すりぬけて・・・」という言葉が出てきました。過酷な戦国の世を自分はたまたま幸運にも「すりぬけて」きたという意味らしい。正直な人です。
へえっーと思ったのは、残された書状から、家中の合議制がわかったこと。結構合理的な経営をしてたんだなあと感心しました。”騎兵隊”を生み出したのもそんな家風の伝統か、なんて思っちゃいました。

毛利家は、鎌倉幕府御家人の(識見と智に優れた)大江広元を祖とするのを誇りに思っていたらしく、”文”を尊ぶ家風だったらしい。大内氏から受け継いだ家宝も大事にしたんじゃないかしら。維新の時、「永徳の唐獅子図」を天皇家に献上したというのも有名な話です。今回の展示も元就画像とか、西行絵巻とか、江戸麻布邸遠望図とか興味をひくものが多くて、面白かったです![わーい(嬉しい顔)][手(チョキ)]


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母の日です! [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

クロネコのお兄さんが、ピンポ~ン!「あっ!母の日?」届いたうれしいプレゼント。[プレゼント]
[プレゼント]「今日はワタシも母やもんね」と受け取る。「今日は花のお届けが多いです」とお兄さん。

息子夫婦たちからそれぞれに。お嫁ちゃんが選んでくれたんだと思う。[黒ハート][わーい(嬉しい顔)]

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今日は謡の会でベテランの皆さまに交じって”小袖曽我”の五郎のお役をあてられ、大ベテランのおばあさまが「曽我兄弟の母」になってくださいました。勘当されていた(弟)五郎時致が父の敵討ちを前にして、母から勘当を許されるというお話。母の日にふさわしい演目です。

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なんだか一日中うれしい”母”でした!

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「あなたに見せたい絵があります」ブリジストン美術館 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

この時期必見の美術展、3件の紹介です。「ブリジストン美術館」と「サントリー美術館」と、「静嘉堂文庫美術館」
今年の春は、軒並み主だった美術館が”開館ン十周年記念”と銘打って、一斉にリキの入った美術展を開催してます。
おかげで眼福の日々ですが・・・・・あっちこっち行ったり来たりのルーママ。「なんでこんな忙しいネン!」と自分でツッコミいれてます。

まずブリジストン美から。開館60周年デス。

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久留米の石橋美術館館からも総動員(?)。思いっきり見せてくれたブリジストンの最高コレクション!”ぐるっとパス”で入館させてもらうのはホントに申し訳ない。優品そろいの展示には感激したけど、それだけでなく、石橋さんのコレクターとしての眼力と矜恃に改めて頭の下がる思いがしました。

一代で会社を興した石橋正二郎氏が坂本繁二郎との出会いから青木繁を支援し、若い日本人画家の後ろ盾になり多くの優品を集めていたのはよく知られた話ですが、戦後になって、明治大正期のコレクターたちが手放した(海外に流出するかも知れなかった)印象派を含む海外作品を一気に手に入れ、個人美術館としてスタートさせました。

石橋氏は、所蔵した美術品を(個人のものでなく)一般に公開することが社会的な責任だという信念を貫かれたようです。作品の保存、維持管理や公開のされ方を見ると、その信念が美術館に受け継がれ、後代の方たちの支えになっていることがわかります。

ワタシは久留米の石橋美術館も訪れ、京橋のここにも何度か足を運んで、常設展示を見せてもらっているので、今回初めて見る作品はごくわずかでした。でもいつもと切り口が違って、テーマ別に並んでいたためか、見慣れた絵が全く新しい表情を見せてくれて、新鮮な驚きでした![手(チョキ)]

最初に画家たちの「自画像」から入っていくのがとても面白かった。[ひらめき] 青木繁や小出楢重、古賀春江、セザンヌやマネ、小品のレンブラントもあります。全体数は多くないけれども、「コレがあの絵を描いた画家か、スゴイなあ!」と思わせるものばかり。その画家たちが描いた画が次々に見られるんですから面白くないワケがない!

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ブリジストン美の自慢の印象派も惜しみなく展示。ルノワールも新出のカイユボットの”ピアノを弾く若い男”(チラシ)も良かった!もちろん、青木繁の代表作もすべて、藤島武二の”天平の面影”も並んでいます。そういえば、藤島武二を多く持ってますねえ。石橋さんは武二の絵が気にいっていたようです。他には藤田嗣治が三点。”猫のいる静物”が好きです。現代美術にもいいなあ!と思う作品が目白押し。ザオ・ウオーキーという人の色彩にグッと惹かれました。

石橋コレクションの共通項は、「乱調がない」ということかな。「品格」といったらいいのかな。どの作品にもそれを感じます。そうそう、雪舟の「四季山水図」も四幅揃って展示。コレのみが水墨淡彩画ですが違和感なく溶け込んでいました。

感心したのは、絵に添えられた解説文。画家の気持ちに寄り添うような丁寧さで、小学生でもわかるような平易な文です。でも決して媚びていません。こんなにわかりやすく説明してくれるんだ、とビックリしました。とても大切なことだと思いました。キュレーターさんの企画力に感謝!


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「洛中洛外図屏風と風俗図」 国立歴史民俗博物館 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

国立歴史民俗博物館は、千葉県佐倉市にあります。バブル期の遺産のようなでっかい建造物。

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我が家は東京の西なので、千葉に行くには首都高で東に抜けなければなりません。連休中だしなあ・・・・と思いつつ5月6日までの開催なので、(もちろん連れ合いの運転で[手(チョキ)])「やっぱり行こう!」[車(RV)]

はるばると長い道のり、「行きはヨイヨイ、帰りはコワイ」 しっかり渋滞につかまり帰りは2時間半。[もうやだ~(悲しい顔)]
けど・・・・・
「行って良かったあ~~~~!めちゃめちゃ、良かった!」 鯉のぼりも翻ってたし・・(?)

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実は去年3月に群馬県立歴史博物館で開催された「洛中洛外図に描かれた世界」に行ってノックアウトされ、記録しようと思った矢先に、3.11大震災が起こって書けなくなった経緯があります。(2011,4,15拙ブログ)

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「洛中洛外図」にいったんハマルととってもコワイです。もう際限なくドツボにハマッてしまいます。わかっていながら、すでにハマリかけているワタシ。[失恋]

なんたって、「洛中洛外図」は、お宝満載、情報の宝庫ですもん![ひらめき][ひらめき]

「洛中洛外図」は、”京都の肖像画”といわれる六曲一双の屏風です。基本的な構図は、洛中にある権力者の屋敷や人々の暮らし、洛中外の寺院や名所旧跡を地形に沿って描き、四季(右隻 春夏&左隻 秋冬)と、月次祭礼行事(扇毎に)を織り込んで、京の風俗を網羅するものです。

南北朝や応仁の乱で荒れ果てた京の姿を痛み、再び栄えを取り戻した(そうとする)京のありさまを、郷愁やあるべき理想を伴って描かせたもの、だそうです。文献では公家の三条西実隆が、1506年「実隆公記」に、朝倉氏が注文し土佐光信に描かせた屏風のことを、「初めて”京中”が描かれたもので大変珍しい、」と記しているそうです。

美術館ではなく”歴博”で開催ということからわかるように、洛中洛外図は、まず、歴史資料ー政治史、文化史、民族史、風俗史、経済史etcーとして読み解けます。
さらに、美術として見る、美術史として読み解くこともできる、という他面性が一番の魅力です。古文書を読むのと違って、なんせ”絵”ですから、ビジュアル的に素人でもわかりやすいし、どういう視点で切り取っても面白いんですね。[ひらめき]

「洛中洛外図屏風」といわれるものは、応仁の乱以降から江戸時代まで、100双以上現存しているそう(もっとあるかも)ですが、特に重要とされているのは16世紀の室町から17世紀の江戸初期までに描かれたもので、第一級の歴史資料&美術作品です。

室町~戦国~豊臣~徳川と、短い間に権力構造が重層的にめまぐるしく変わったこの時代は、権力者の屋敷、位置関係、天皇行幸や入内などの政治イベント、なおかつ注文主本人の肖像まで、絵の中から探し当てて、「誰が描かせたか?」「何を目的として?」「誰が描いたか?」などさまざま推測することが可能です。壮大な推理ドラマを見ているようでワクワク[わーい(嬉しい顔)]

<上杉本>のように、”足利義輝が永徳に描かせた屏風を信長が上杉に送った”という、「話ができすぎやろ?」と思うほどの文献が残っていた
り、コレが”謙信だ!”、と歴史上の人物まで特定できるものがあります。
かと思うと、夫婦げんかや物乞いの姿、密会の男女、田植えや賀茂川の漁労、水遊び、遊郭、芝居小屋、子供たちの遊びなど、活き活きとした当時の庶民の生活が、細部まで忠実に描かれています。

注文主の思惑とはまた別の次元で絵師たちの京に対する想いも重ね合わせて読み解くことができます。
難しいことは知らなくても、
「へえ~、こんな着物を着てたのか!」と感心したり、「昔も今も人間のすることは同じやなあ!」と共感したりして、いつまでも見飽きることがありません。百人百様の見方ができるのが魅力。

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国立歴民博はこうした「洛中洛外図」の研究に大変力を入れていて、<歴博甲本>と呼ばれる最古の屏風を始めとして多くの屏風を所蔵していますが、全部揃って見る機会はなかなかありませんでした。近年は新しい屏風が発見されたり、デジタル画像や解析の技術も進歩し、研究も格段に進んできたようで、その恩恵にあずかれるようになりました。

今回の展示では、自館が所蔵する洛中洛外図屏風<甲本、乙本、C本、D本、E本、F本、亘理伊達本>をすべて公開。かつ新しく、<デジタル復元なった甲本>と、<甲本の肉筆模本>を同時に展示。<甲ー乙ーCーDーEーF>は制作年代の古い順。<亘理伊達本>は新出本です。(亘理町と聞くと大震災を思ってしまいますが)

さらに他館の<東博模本>と<上杉本(肉筆模本)>もしっかり展示。<舟木本>については縮小印刷が展示。
現存する主だった貴重な洛中洛外図屏風(模本も含めて)の大半を同時に見ることが出来るわけです。

また、どの屏風もデジタル画像で鑑賞でき、京都の地図や読み解き図も添えるという、大変親切な展覧会です。もちろん、”風俗図”というテーマが入っているので、洛中洛外図以外の”月次図屏風”や”風俗図屏風”なども惜しげもなく公開しています。(840円の入館料では申し訳ないほどでした)

展示場に入ると、「どれをみても同じに見えるなあ」とか、「おかしいな、僕は京都をよく知ってるけど、百万遍はこんな場所にないよ?」と言った声が聞こえました。

ウンウン、そうなんですよね。この屏風、慣れないと見方が結構厄介なんですよね。肉眼では細部は見えないし、”金雲”がやたらたなびいてるし(遠近をごまかすため?[ふらふら])。イエイエ、大和絵の画法です。ワタシも初めて洛中洛外図を見たときは、「あっ、やっと金閣寺見つけた!」とか、「三十三間堂で矢を射ってるわ!」とか、「たこやくしと書いてるで。」といった調子でした。あげくの果ては「南北がおかしいなあ???」とこんがらがってきて困ってました。

でも、とにかく大好きな京都を描いているので、懲りずにいくつか見ていくうちに、だんだん要領がわかってきたというワケです。特に今回時代の異なる作品をいくつも見たのでより理解が深まりました。

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歴博甲本のミニチュアを買って来たので立ててみました。こうして見ると洛中洛外が地形的にわかりやすいそうです。初期の屏風は実際にこのように向かい合わせに並べて見たのではないかと言われています。

右隻が東(西側から下京を見た景色)です。左隻が西(東から上京を見た景色)です。手前が南で、奥に行くと北になります。左の奥は北(西)です。ずっと手前に下ってくるとまた南(西)になります。こうすると、現在の私達の(頭の中にある)東西南北とあらかた方向が一致しますので見当がつきやすい。大まかにいって屏風の上が洛外、下が洛中ということになるのかな。
ただし、現在の京都の市街と比べ、当時の洛中は東寄りにずれているし、屏風の制作年代によっても中心が違うので、頭の中の地図と合わせるのは、かなり苦心しました。(
連れ合いは地形的なことは全く気にならないと言ってましたので、ワタシのこだわりなんですけど。)

説明ばかりしていると終わりそうにないので、屏風絵の紹介に行きます。制作年代の古い順に、まず今回の主役、歴博の誇る<歴博甲本>16世紀前期から。
なお歴博では<甲本>に先行する室町15世紀期に描かれた土佐派の「月次祭礼図屏風模本」を展示し、これが洛中洛外図の前提になったのではないかと推測していました。(面白いです。)


1)<甲本>右隻の5,6扇部分。中央の建物が内裏。”せい里ゅうでん”と書かれてます。左隣が三条西家(三条西実隆)。東西筋でいうと一条のあたりです。

内裏の裏に流れるのが賀茂川。右上は吉田社。左上には比叡山まで描かれ”よ川”とあります。

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色が鮮明なのは、原本ではなく復元された新本だから。最新の技術で原本の欠損部分を補ってデジタルデーターとインクジェットプリンターで表現。当初の色に近い復元をめざしたそうです。

同じ<甲本>ですが、こちらは原本で退色しています。実際に見ると味わいがあってすごくいいです!
右隻1扇に描かれた観世能をアップ。”くわんせのう”と書かれてます。屋外の小屋ですが橋掛かりも見えます。

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歴博ではこの貴重な甲本の絵師を”狩野元信”としていました。屏風の左隻、狩野図子と呼ばれる筋に絵師のいる扇屋が描かれ、その人物が永徳の祖父元信ではないかという説です。洛中洛外図最高峰の<上杉本>を描いた永徳に先行した屏風がどれかというのが専門家の意見の分かれるところ。昨年の群馬歴博では立正大学の黒田先生が甲本の絵師は土佐派ではないか、<東博模本>が元信ではないかと説を披露されてました。

甲本(模本)左席の1,2,3扇部分。下方に並んでいる右の檜皮葺きの屋根は足利幕府(義晴)の柳の御所、左隣の幕府より大きい屋敷が細川(高国)管領邸です。細川殿の右隣は細川典厩邸(細川の家老)。右隻の内裏と合わせて、幕府、管領、と3つの屋敷が並び立っていますが、この時代、細川殿が強大な実権を握っていたんだと改めて思い起こさせてくれます。

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位置関係を示すとこの通り。

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<甲本>左隻の1扇の”犬追物”をアップ。(ちなみに六曲一双の屏風は右から第一扇、第二扇と数えます。)

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2)<上杉本(模本)>右隻1,2,3扇です。16世紀後半。いくつかの屏風を並べてみると、上杉本の格調の高さが際立って見えます。
(甲本と上杉本の間に<東博模本>がありますが紹介は省きます。これは原本が残っていませんがとてもいいです)

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<上杉本>は、金雲を豪華に使った大変華やかなもの。京童の姿の描き方も細部にわたって秀逸です。永徳(工房)の傑作です。構図は<甲本>をほぼ踏襲しています。幕府は”柳の御所”から”花の御所”へ移動しています。実際にはもう幕府の力は衰え、足利義輝は花の御所にいなかったそうですが、永徳は丁寧に花の御所と内裏を描いています。細川殿は少し後退。
右隻には、
おなじみの祇園社や、八坂の塔、清水寺や東寺、三十三間堂も見えますね。四条橋を渡る御輿も山鉾の巡行も賑わっています。下は永徳が描いた内裏。(右隻5,6扇。)正月儀礼でしょうか。雅楽の舞。

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アップした祇園会の"船鉾"

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同じく上杉本のアップ。町衆の風流踊りや、印地打ち(子供の合戦)と、斯波邸前で行われている鶏合わせ。これらも月次行事です。京では、宗教行事も含めて、いかに多くの祝祭(イベント)が行われていたことか!今では残っていない行事もありますが、なんだか懐かしい気がしてきます。

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3)<歴博乙本>右隻2扇のアップ。<乙本>は<上杉本>より少し後の制作で、永徳の父松栄の工房ではないかというのが有力な説。狩野一門の制作のためか上杉本と構図や人々の表情も似ています。
乙本では、内裏では儀式でなくて、”左義長”が行われています。なるほど!信長が盛大な左義長を催したという事実もうなづける。
下は、”祇園社”のアップです。ああ、あそこね!とわかるでしょ。

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<乙本>では、権力者の意向が影をひそめ、中心的な主題が当時実際に行われていた行事や庶民の風俗中心になっています。下は”革堂(町衆の信仰を集めていた)と”一条風呂”のアップ。お風呂やさんはきっと大人気だったのね。

実は、制作年代が変わっても、ほとんどの屛風に描かれている寺社がいくつかあるのに気がつきました。祇園社や八坂の塔、清水寺、百万遍や嵯峨釈迦堂、誓願寺、吉田社や東寺、松尾社や北野神社etc。現代でも観光で人気のお寺が多いですが、どれも庶民信仰の盛んな場所なんです!京の町衆の心意気を感じます。

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4)<歴博D本>右隻1,2,3扇、年代が下って17世紀です。江戸時代前期に入ります。画面の中央にどっかりと新しい建物。秀吉が建てた方広寺の大仏殿。右上の廟は秀吉を祀る豊国廟です。京の町がガラリと様子を変えました。

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この屛風の左隻には二条城が聳えています。政権が変ったのですが、まだ豊臣と徳川の力関係が二分されて描かれています。以前のブログでご紹介した、同時期の岩佐又兵衛の<舟木本>を真似ている構図です。

参考<舟木本>左隻 4,5,6扇。左端の天主は二条城です。CCF20120504_00007.jpg

位置関係を表すとこのようです。ただ、権力者が変わっても、どの時期も”内裏”だけはしっかり中央近くに描かれているのが日本独特の政治構造。

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さて、<歴博D本>では、もはや四季の変化はあいまいで、月次行事や町並みも簡略化されて、風俗図主体になっているようです。賀茂川が画面中心に大きく下がってきて、芝居小屋や遊郭など遊楽的な雰囲気が特徴的です。絵の勢いや描写では<舟木本>に劣りますが雰囲気は似ています。

芝居小屋のアップ。

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六条三筋町遊郭

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専門家は、このような乱闘場面が描かれているので、注文主は権力者ではないだろうと言っています。

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下は、夫婦喧嘩と、祇園会の母衣武者風流(仮装)の場面。

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さて、(飛ばしましたが)<歴博C本>は、後水尾天皇の二条城行幸が主題の洛中洛外図になっています。徳川政権の元で支配される洛中洛外は、17世紀以降は、当然ながら二条城と京都所司代の建物が中心になってきます。東西の本願寺も大きく扱われています。有名な<林原本>では、徳川和子の入内行列を克明に描いていますし、政治イベントだけを取り出して描いた屏風も見られるようになります。

そして時代が下るにつれ、初期の洛中洛外図の目的や京の実写という面からだんだん離れて全体的に類型化し、その中から、部分的に様々なジャンルに特化した絵が生まれてきます。たとえば職人風俗図や、月次図、京都の名所図、遊楽図などです。さらにはそれらの風俗図から美人図、浮世絵という風に変化していくのですが、今回の展示では、その変遷を様々な風俗図を公開して説明しています。とても興味深いかつ大きなテーマですが、くたびれちゃったので、本日はこれくらいに。[晴れ]


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「観世宗家の至宝」 大倉集古館 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

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大倉家の大将人形です。ホテルオークラのロビーに飾ってありました。両脇の男の子のお人形(御所人形かしら?)がとっても可愛いです。久しぶりに大倉集古館へ。ホテルオークラ敷設の素敵な美術館です。

この日は友人宅でバザーがあったので、午前中に別の友人と二人で訪ねました。彼女たちは以前私が関わっていたボランテイア仲間です。私はすでに活動をやめましたが彼女たちはずっと続けているので本当に立派です。

今回のバザーは友人が一人で品物を集め自宅で売るというもの。収益は大震災の支援金に送るそうです。せめて一つでも買わせてもらおうと思って行ったんですが、素敵な洋服が多かったので思いっきりショッピングを楽しんでしまいました。アリガトウ![手(チョキ)]

帰る途中に、(予約が取れないので)有名なフレンチレストラン<キノシタ>を見つけたので、ダメだろうなと思いつつ聞いてみたら2席だけ空いてました。超ラッキー!![パンチ]
さすがのワタシも写真を撮るのは気がひけたので説明だけすると、[レストラン]ランチメニューの、前菜、スープ、メイン、デザート、コーヒー(紅茶)で1900円。味もサービスも良く、安いッ!予約が取れないはずだ。大満足デス。[わーい(嬉しい顔)]

それから、足を伸ばして大倉集古館へ。友人は(ワタシとは別の先生ですが)最近観世流のお謡と仕舞のお稽古を始めたので「行ってみる?」「行こうか」というわけで。

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面が10面あまり展示、中では河内作の「近江女」にグッと来た!(般若より女面の方が恐い年になってしまった!)

「至宝」といっても、お蔵に保存しておくのではなく演能で今も使われているものが多いようでした。面も装束も実際に用いられてきた年月を感じさせます。

装束では秀忠から拝領の翁の狩衣など、先日TVで、ビートたけしが宗家を訪問して見せてもらっていましたが、その時説明していた世阿弥筆の「花伝書」なども展示。

友人は機織りをやっているので、唐織や長絹などの装束を見ながら彼女に説明してもらった。一緒に来て良かった。[わーい(嬉しい顔)]
特に翁の狩衣が四点揃って並んでいるのは壮観でした!色目は違うけどすべて”蜀江錦”の文様です。蜀江錦は本当に細かい織りなので、気の遠くなるような作業、装束の中でも一番難しい部類ではないかとのこと。

先生に腰帯を織ってあげようかなあと言うので「えッ、スゴイ、先生ゼッタイ喜ぶよ!」と思わず叫んじゃった。不器用なワタシには信じられない![がく~(落胆した顔)]

興味深かったのは、「観世元章」という江戸時代中期の宗家が記した数々の文書。とても几帳面な人だったらしく、”楽器の考証”や”面作奥義”という書物を自筆できちんと書き表しています。学究的な人だったんでしょうね。この時代に文書にまとめておく必要を感じたんでしょう。口伝だけでなく文書を残し伝えていく大切さがわかります。

後期は5月8日から展示替えをして6月3日まで。ホテルオークラの食事や喫茶とセット券もあります。


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4月に読んだ本 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

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* 真贋    吉本隆明

* 西行   別冊太陽

* 浄土真宗はなぜ日本で一番多いのか   島田裕巳


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豪華絢爛岩佐又兵衛絵巻 「第二期 浄瑠璃物語」 熱海MOA美術館 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

先日に引き続いて熱海のMOA美術館にやってきました。(もちろん連れ合いに運転してもらって。[わーい(嬉しい顔)][手(チョキ)]

ご存じの方も多いでしょうが、MOA美術館は熱海駅の裏からかなり急な崖を登った小高い山の上に建っています。この日、市内は曇り空だったのが美術館に近づくと深い霧の中でした。前回は春の嵐だったしどうもお天気には恵まれません。

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美術館の入口から長いエスカレーターが延々と続きます。初めて来る人はちょっとびっくりでしょうね。照明の色が次々変化して幻想的な雰囲気です。俗世からサンクチュアリに昇って行くという演出か。 オバハンは「電気代がすごいやろなあ!」と思ってしまうのだけど。[ふらふら]

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特別展に入る前に常設の展示を二つご紹介。どちらもレプリカなんですが素晴らしい。

秀吉が利休に造らせ、御所に運び込んたという「黄金の茶室」です。成金趣味の権化のようですが、金と緋色(多分、紗)のコントラストは本当にすごい!ワタシは大好きです。 ただし金色のお道具類はいただけません。

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もう一点は尾形光琳の「紅白梅図屏風」。実物の公開は終わっていました。レプリカは新しくて、描かれた当初の色彩を再現しているのでしょう。金地が箔か塗りかの論争がありましたね。レプリカの金地は非常にすっきりとして、光琳の流水紋も印象が違って見えます。
美術館の庭園内には、これも復元された「光琳屋敷」がありますが雨だったので次回に回しました。そういえば光琳は建築家でもあったんですね。どうも最近”光琳”づいてるワタシ。たまたまなんですが。

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さていよいよ本命の「浄瑠璃物語」。毎回わざわざ東京から足を運ぶとは!自分でも「又兵衛好っきやなあ!」と思うのですがやっぱりスゴイですねえ!「山中常磐」よりもいっそう濃密な彩色で”豪華絢爛”の名に恥じないめちゃめちゃ”濃い”絵巻でした。

MOAが世界に誇る、岩佐又兵衛(工房)の古浄瑠璃絵巻、所蔵する三つの絵巻を30年ぶりに”全巻”みせてくれるというチョー特別企画です。前回は「山中常磐」で、今回は「浄瑠璃物語」、次回は「堀江物語」。

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「山中常磐」と同様、この「浄瑠璃物語」も、絵巻の題材になっているのは古浄瑠璃。”古浄瑠璃”とは、室町時代の(お伽)草子に節付けして、伴奏を伴って語られていたものに、さらに人形操りが加わって人気を博した江戸初期の人形芝居のこと。江戸初期の洛中洛外図屏風の中にも、四条河原で人形繰りを演じている小屋が描かれています。

いくつかの物語の中でも、この牛若と浄瑠璃姫の悲恋の物語(浄瑠璃物語)は、”浄瑠璃節”として盲目の法師に語りつがれ、”浄瑠璃”の名前の由来になったほどの大人気だったらしいです。

実は以前、物語の一場面(牛若が浄瑠璃姫の室に忍び入って想いを述べる場面)は、サントリー美の”かざり展」に出展されました。初めて見た時、極彩色、かつ精緻な筆で描かれた衣装や御殿、豪華な室礼、調度品など、妖艶できらびやかな世界に圧倒されてしまいました。

一場面でもスゴイのに、そんな金銀極彩色の世界が「これでもか、これでもか」というくらいに、全巻12巻に次々と立ち現れてきます。牛若が浄瑠璃姫に言い寄る場面(下の絵)だけでも五、六場面も展開します。姫の黒髪が屏風に絡んでいるのがわかりますか。途中で、目がチカチカ、頭がクラクラしてきた!見るのにもエネルギーが必要!

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お話は荒唐無稽なんですよ。<牛若丸が金売り吉次の供をして奥州へ行く途中に、立ち寄った矢矧の宿で長者の姫を見初め、想いを述べて契りを交わすが、翌朝に再会を約束して旅立つ。その後、蒲原の宿で病に伏した牛若は吉次に置き去りにされ、宿の女房に殺されてしまうが、源氏の家宝があやかしになったり、八幡菩薩・箱根権現が変身したり、跡を追ってきた浄瑠璃姫に助けられたりして命が蘇る。やがて奥州から平家追討の軍団を率いて京へ攻め上る途中、矢矧の宿に立ち寄るが、すでに姫は家を追い出されて亡くなっており、供養のため寺を建て、追い出した母親を処罰する>というあらすじ。

絵のあいまに書かれた詞書きがとても面白かった。長いので全部読むのは大変で飛ばし読みしましたが、浄瑠璃節の語り口調そのまま。いちいち細部にこだわってるというか説明が細かい。たとえば管弦の場面(下の絵)でも、どの楽器を演奏しているのが誰々の局とかすべて名前が記されてたりします。その詞書きに忠実に絵が描かれてるので、<筋が荒唐無稽なのに、細部がものすごくリアル>というアンバランスが、何ともいえずユーモラスです。

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この場面は、姫君や女房たちの管弦に交じって自慢の笛(せみおれ)を吹く牛若が、風が吹いて御簾が上がった瞬間に、琴を弾く浄瑠璃姫の顔を見初めて、恋心が芽生えるところ。(上の絵と下の絵は続いています)
又兵衛独特のしもぶくれの顔に描かれた牛若丸は、ルックス的にはワタシの好みじゃないのが残念。浄瑠璃姫は初々しくとても可愛い面立ちです。

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一番面白かったのは金売り吉次の一行が出てくる場面。(残念ながら紹介できる絵はありません)子供の頃に聞いたお話のせいで、金売り吉次は小商いをする商人のように思ってたのですが、この絵巻では二百四十人以上の供とあまたの荷駄を引き連れた大富豪で、上級武士のような態をしています。吉次、吉四、吉六という三人兄弟が、大勢の供に交じり”太刀持ち”に変装した牛若丸を奥州まで連れて行くという設定。

確かに藤原氏に出入りして奥州の金や馬を京に運んでいたのですから小商いとはいえませんね。さしずめ現代だと大手商社の社長といったところでしょうか。宿の主人からも最高のもてなしを受け、家来たちもすっかりくつろいで、酒宴の席では無礼講。荷駄をおろしてヤレヤレと行水を使ったり相撲を取っている供人たちもいて、連れ合いは「この場面が一番気に入った」と何度も見ていました。ワタシも動きのあるこうした場面のほうが愉快。風俗図としても面白いです。

下の絵は、荒唐無稽な”あやかし”の一つ”烏天狗”が浄瑠璃姫を背に乗せて矢矧の御殿まで送るところ。めちゃめちゃ派手な烏天狗!突然こんなあやかしが出てくるのでビックリ。[わーい(嬉しい顔)]
でもよく考えてみたら今に伝わる歌舞伎でも文楽でも、筋は荒唐無稽でオドロオドロしたあやかしが出てきますもんね。いつの時代も人気のあるお芝居のツボは同じということか。(ナットク!)

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又兵衛(工房)が描き出した絵巻は、実際に演じられたであろう古浄瑠璃のリズム感や躍動感を、可能な限り平面の画面いっぱいに再現しようという意気込みであふれています。場面によって明らかに絵師の筆が違うことがわかりますから、工房の絵師総動員で取り組んだのだと思います。越前福井に招聘され松平忠直という大パトロンを得て、又兵衛たちが贅沢な画材を惜しみなく使って腕を奮ったのでしょう。殿様や姫君はさぞかし喜んだでしょうね。大切に伝わっていたらしく保存状態が良いのにも感心させられます。

「山中常磐」と「浄瑠璃物語」は、どちらも牛若丸を主人公にした”貴種流離譚”の系譜ですが、「山中常磐」はドラマチックで動きがあって変化に富んだ場面が多く人物描写も深い、「浄瑠璃」はとにかく色彩が豊か、豪華絢爛で荒唐無稽さと語りの面白さが堪能できる、とそれぞれの特徴があって、「又兵衛も一筋縄ではいかんなあ!」というのがワタシの感想です。

次回は「堀江物語」。もちろんもう一度来るつもり。とにかく全巻の絵巻を見られる機会は、この先またいつのことかわかりません。岩佐又兵衛フアンには見逃せない企画です。

写真はすこし霧が晴れてきた美術館内のムーア広場。晴れていると相模湾を一望することが出来ます。次回は晴れるといいなあ!

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「KORIN展」 根津美術館 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

根津美術館所蔵の「国宝 燕子花図屏風」と、メトロポリタン所蔵の「八橋図屏風」を並べて、<光琳ふたつの金屏風 東京・ニューヨーク 100年ぶりの再会!>と銘打った光琳展です。
実は去年に予定されていた展覧会なんですが、大震災の直後でメトロポリタンからの出展が見合わせとなり、一年ぶりに開催されることになったもの。

NY時代の友人に、村瀬実恵子さんの講演会があるからと誘われて、一年前にも申し込んだのですが中止となっていました。今回再度申し込みをした次第です。村瀬先生のお名前はNY時代に知ったので懐かしいでした。

村瀬さんは長くコロンビア大学で教鞭を取られ、メトロポリタン美術館の日本美術部門の顧問として、作品の収集や展覧会に携わってこられた方です。また有名なバークコレクションのバーク夫妻を支援し、最初からずっとコレクションの購入にも関わって来られたそうです。バークさんのコレクションは今でも続いていて、「コレコレを狙ってます・・」というお話もありましたが。。[わーい(嬉しい顔)]

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講演会の前に、まず見ておこうと二つの屏風と対面!ありがたいことに、右に燕子花図(根津所蔵)、左に八橋図(メット所蔵)と一列に並んでの展示なので、同時に目に入ってきます。「エッ!こんなに違っていたの!」と本当に驚きました。図録などで見ているだけではゼッタイわからないんじゃないかしら。実際に屏風の前に立って肉眼で見ると初めて実感できました。

ワタシも一応それぞれの屏風を東京とNYで見たことはあります。感動した覚えもあります。でも記憶というのはいい加減で、両方の画がごっちゃになって、どっちに橋が架かっていたのかさえうろ覚えでした。

見比べると、まず絵師の目線が全く違う。遠近感が違うんですね。「(橋のない)燕子花図」の方は、群生している燕子花を目の前にしてそのままグッとわしづかみにしたような描き方。花びらもぼったりで茎も自然に曲がり、「ああ、これは宗達の表現や!」と一瞬にして感じます。
対して「(橋のある)八橋図」の方は、目線を少し後ろに引いているため、燕子花の直線的な整然とした並びが強調され、画面中央を斜めに横切る”橋”が金地をシャープに切り取り、空間が広がっていくように感じます。八橋図の方が構図と意匠がより洗練されていて、燕子花図よりずっとお行儀がいい印象です。

どちらも群青色の花びらと緑青の茎ですが、よく見ると色使いが微妙に違って見える。多分八橋図のほうがより繊細な表現になっているんですね。

もし、どっちが好き?と尋ねられたら、ワタシは橋のない「燕子花図」の方が好きですけど。

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たまたま先日(京都の細見美で)見たばかりの”抱一”の「八橋図屏風」は、橋を描いている方を模写しています。抱一の絵はさらに繊細で、株の根元はまっすぐに切りそろえたように描かれています。抱一はこの屏風を二つとも知っていたのかしら?抱一の美意識には「八橋図」のほうが会ってるんだろうなと思いましたが。
余談ですが、<宗達ー光琳ー抱一>と継承された琳派の「八橋図」や「風神・雷神」は、それぞれ単独で見せられたら、「えーと、これは誰のやったやろ?」とちょっと迷います。(ワタシだけか?)

さて、村瀬先生の講演は<尾形光琳の人と作品ーー燕子花図と八橋図をめぐってーー>というテーマです。
「私は光琳の専門家ではないので、あくまで感想ですが・・・」と話し始められましたが、パワーポイントを使ってメットやフーリア所蔵の宗達の”松島図”や光琳の”鶴図”などを見せてくださったり、とても面白いでした。光琳については”小西家文書”という文献を始め、多くの資料が残っているので、かなり正確に足跡をたどることが出来るそうです。

最近の実証的な研究では、署名や落款などから二つの屏風の制作時期がほぼ特定されてきたとか。二点の屏風は10数年の時をおいて描かれたそうですが、これまでは先に描かれたのが八橋図で、後に燕子花図が描かれて、燕子花図が光琳の到達した最高の表現だと思われていたそうです。ところがそれは反対で、先に京で燕子花図が描かれて、後に光琳が江戸に登った時期に八橋図が描かれたのだそうです。

先生は<留守模様>というキーワードで解説されていました。<留守模様>とは物語などの主題となる人を描かず、道具や他のもので暗示(象徴)する日本独特の表現だそうです。室町あたりから日本の美術品にみられるようになったとおっしゃっていました。欧米人にはわからないでしょうねえと。
お茶の世界でも<見立て>が大事とされるので、日本人の感性に添うのかなあと思います。「言わず語らず、でも察してね」というわけかしら
。(ちゃうか?)
光琳の多くの作品ー屏風、団扇、扇、着物、蒔絵ーにも主題となる人を描かず<留守模様>で表現されている場合が多いそうです。

で、当然ながら<留守模様(見立て)>には、受け取る側のそれなりの教養が必要です。
京で描かれた燕子花図には橋がなくても「伊勢物語」だとわかる注文主がいた、江戸で受けた注文には橋を描かなければならない文化度の差があったのではないか、「それが今NYにあるのも、やはりそうかなあと思いますけど・・・・」とおっしゃって会場も爆笑でしたが。

先生のお説は面白いものでしたが、ワタシ的に勝手に「燕子花図」を咀嚼してみると、必ずしも”伊勢物語”として見なくてもいいような気がします。ただ燕子花の群生をデザインとして描いたと考えてもいいんじゃないかと思えるのです。「八橋図」だとどうしても「か・き・つ・ば・た」の歌物語に規定されてしまうけど、見る人の自由に任せられる「かきつばたの花」は時代を超えて愛される気がします。

根津美術館の庭園の燕子花はまだつぼみでしたが、金屏風に咲く素晴らしい”燕子花”を見ることができて本当に幸せでした。今、お仕舞のお稽古もちょうど「杜若」なんですよ。こちらはもちろん”業平の面影”がとても大事なんですけど。


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ヴァーチャル 洛中洛外図屏風(舟木本) [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

京都から戻ってから、友人との約束やら、ドミノやら、葛西臨海公園やら、友人宅のバザーやら、なんたらかんたら毎日出かけていたのでブログを更新するヒマなしでした。(遊ぶヒマはあり?[もうやだ~(悲しい顔)]
美術関係の記録だけでも忘れない内に書いておかなきゃ。

国立東京博物館では、金・土・日に限って、館内のミュージアムシアターで、美術品のヴァーチャル映像を写しています。4月~7月は”洛中洛外図屏風”の舟木本(東博所蔵)をやっています。前回見損なったので楽しみに行きました。

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文化財の新しい保存方法として、近年盛んになってきた超高精細撮影ですが、鑑賞方法としても面白いです。凸版印刷と東博の共同で開設されたシアターでは撮影された映像をVRで再現。臨場感を出すと同時に、肉眼では見えにくい細部をアップにして、より詳しく鑑賞しようという試み。ナビゲーターの女性がわかりやすく説明してくれるのも素人にはありがたい。

”舟木本”は岩佐又兵衛(工房)作ではないかという説が最近有力になってきました。狩野永徳(工房)作の”上杉本”と並んで、洛中洛外図ではピカ一を争うものです。もちろん又兵衛フアンとしては、東博の展示室でお目にかかってますけれど、単眼鏡で見るのは大変でした。きっと新しい発見があるだろうと期待してたんですが、、

「4月は京の風物詩と商い。」「5月は京の名所・今昔と芸能。」「6月は京の信仰と政治。」と上演テーマを決めて紹介するので、上映時間が短いんです。
おびただしい数の人物(風俗)や建物、風物が描かれていて、いろんな角度から楽しめるので、まあ仕方がないのだろうけど、もうちょっとゆっくりいろんな場面を見せて欲しかったなあ!5月、6月とまた来なくちゃならないし。[ふらふら]

それでも、”うだつ”の上がった雁金屋の店先(トップブランド・雁のマーク見えますか?)や扇屋の店、八坂の祇園祭の御輿や母衣武者などを、大きな画面で細部まで見ることが出来たのはとても面白かった。何より、左隻の中央に描かれた商家(町屋)の並びが、全画面の中で大きな比重を占めていることを今更ながら気づかされたのは大収穫でした。

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この舟木本は、東寺の五重塔の上から都を俯瞰して描いたものと言われていますが、右隻にドカンと方広寺の大仏殿、左隻には二条城が向き合うような構図になっていて、まだ豊臣と徳川の力が拮抗していた江戸初期の雰囲気をよく表しています。「政情は不安定でも、京の町衆はどっこい元気で、したたかだぜ!」と感じられるのが一番の特徴かも!

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この日のもう一つの目的は本館の国宝室。先日紹介した東博特別展の「ボストン美術館展」に合わせて平治物語絵巻の「六波羅行幸の巻」(東博所蔵)を展示しています。ボストン展の「三条殿夜討ち」のド迫力には及ばないけど、「六波羅行幸の巻」もすこぶる名品です。こちらも武士集団の描写が秀逸です。六波羅邸の前で武士たちが座してるところなどは、一人一人の表情がとても豊かに描き分けられていて、それぞれの心中まで憶測できます。素晴らしい絵師がいたんだなあと感嘆するばかり。特別展にも、もう一度行きたい気持ちはやまやまなれど、この日はパス。

平治物語絵巻は、静嘉堂文庫でも「信西の巻」が公開されているそうなので、この時期東京で、3つの巻が同時に見られるというまたとない機会。静嘉堂にも早く行かなくちゃと気があせります。


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祇園白川・先斗町 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

弟が「お姉ちゃん、先斗町へご飯食べに行こ。」と誘ってくれたので、「もちろんもちろん行く行く[手(チョキ)][手(チョキ)]」。
待ち合わせは「四条の先斗町の入り口や」と言うので、「えっ?高瀬川のほう?どっち?」なんて聞いてしまった。「そっちは木屋町や、忘れたんか?」ホンマや、忘れてるわ。老化がどんどん進んでます!アカンわ。母親の痴呆がうつった。(ヤバイぜ!)

先斗町から四条通りをはさんで目の前には”東華菜館”。子供の頃何かあると家族や親戚でここに中華料理を食べに来てました。”ハレ”の気分が懐かしい。ヴォーリーズ設計の有名な建築です。昔と同じ姿で四条大橋のたもとに建っています。

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弟夫婦が案内してくれたのは、先斗町の小路奥にある釜めしのお店。カウンター席は8人ほどで、私達が座るといっぱいになりました。「おみやさん(京都もの推理ドラマ)」なんかでカッコよく使ってるような雰囲気。居心地がい~い。

気さくなお店で、大将もいろいろ教えてくれるし隣の人たちともすぐ打ち解けてとっても楽しい一夜になりました。弟によると、姉は<知らんことはすぐに聞く、知ってることはなんでも言う>人、だそうです。褒めてんのかなあ???

まず、先付けはイイダコとウリ。器も素敵だし味も繊細です。思わず「美味しい~!」と声が出た。

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お造りは 昆布〆の鯛とヨコワ(10㌔以下の若マグロだそう)と天然ハマチ。この色彩の美しいこと!食べるのがもったいない。京料理は舌だけでなく、目でも季節を味あわせてくれるのが醍醐味!

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おまかせの串揚げ5本(タラの芽 エビ 白アスパラ 永源寺の赤こんにゃく 蓮根) 食材にはすべて一つずつ下味がついていますのでそのまま食べてしっかり美味しいです。

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隣の人が美味しそうに食べてるのを見て弟が注文した筍と昆布、蕗に木の芽の”若筍煮”。
「やっぱり京都の春は筍やなあ!」 器が心憎いほど綺麗です。お隣の熟年カップルが「ゼッタイ美味しいから食べてみなはれ」と勧めてくれ、そこから話がどっと盛り上がりました。

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東京から単身赴任で京都に来てるという(一人で飲んでいた)男性に、「いいお店を見つけはりましたね」と言うと、「最初はこわごわ覗いたんですよ。先斗町でしょ。敷居が高くて。」「赴任するとき同僚から、(京都はコンビニまで、一見さんお断りだぞ!)っておどかされてましたから。」と。大爆笑です。[わーい(嬉しい顔)] 

それから初鰹の塊をそのまま火で炙ってくれる”塩鰹のたたき”。新鮮なので生臭みがほとんどない、タレなしでレモンをかけて食べます。チョー美味!これも大将の手際の良さをみてガマンできず頼んだ一品。

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グジ(甘鯛)の塩焼き。「子供の頃はグジばっかり食べてたなあ」と言うと、「あの頃は鯛が食べられへんたさかいや。今は高級魚やねんで。高いやんで。」と弟。「へえっー、そうなん?」そういえば東京では”グジ”って聞かへんなあ?

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メニューに書いてた”ばちこ”。ばちこってなんやろ?大将に「ばちこって何ですか?」と聞いたら、弟が「いっぺん食べてみ」と頼んでくれた。なまこの卵巣を干してバチの形に固めたものだそう。
「ああ、琵琶のバチね」「いえ、三味線です!」と大将。
からすみのような感じで美味しかった。珍味です。白いのは大根。カリカリかじります。

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最後は釜飯で〆。義妹はタケノコ、弟は貝柱、ワタシはまぜまぜで注文。目の前でお釜で炊いてくれる。おこげが入ってめちゃめちゃ美味しいです!食べきれなくておむすびにしてもらって翌朝食べたけどこれまた美味しかった。

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「ごちそうさん!どれもこれもホンマに美味しかった!」弟夫婦が奢ってくれるというので、いっそう幸せになってしまったワタシ。一晩で大将とお店のフアンになりました。先斗町、やっぱりいいなあ!今度は連れ合いを連れて来なくちゃ。(呑兵衛なのでお酒ばっかりすすみそうですけど[わーい(嬉しい顔)]。)

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さて夜桜を見にいこうかという話になって、四条大橋を渡り白川沿いをぶらりぶらりとそぞろ歩き・・・・・

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<清水へ 祇園をよぎる 桜月夜 今宵逢ふ人 皆うつくしき (与謝野晶子)>の気分です。(清水さんへは行かなかったけど。) 白川沿いの桜は遅咲きの八重やしだれが多いようでちょうど満開でした。

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<かにかくに 祇園はこひし 寝(ぬ)るときも 枕のしたを 水の流るる (吉井勇)>の歌碑もありました。

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お茶屋さん(?)の軒先からこぼれるしだれ桜。京都はしだれがよく似合います。

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この夜は空が澄み渡って文字通りの<桜月夜>でした。

でも・・・・前々日、大事故があったばかりの祇園ですから・・・・

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事故のあった四条通りの交差点には多くの花束が手向けられていました・・・・。

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「嵯峨・嵐山」 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

義妹を誘って嵐山へ。義妹は京都の有料老人ホームにいる両親のワガママを、いつもイヤな顔ひとつせず聞いてくれています。「ホントにありがとう。今日は大船に乗ったつもりでついてきて!」とタンカを切ったものの、やっぱり大船に乗るのは無理やった、代わりに自転車でガマンして!1日1000円(嵐電・嵐山駅の足湯付き)

”落柿舎”のお向かいの家の前。なぜか(?)維新の”土佐四天王”の銅像があります。立ってるのが龍馬さん。ちょっとママチャリを止めさせてもらったぜよ。

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朝早くに出かけたのでまだ観光客も少なく自転車もスイスイと快調。[るんるん][るんるん]
CMやら観光雑誌でおなじみの天龍寺裏の<竹林の道>も空いてました。でも午後には人波でごった返し、とてもとても自転車では走れない!中国からの団体客がいっぱいでした。京都はアジア系の観光客がどっと増えた気がする。

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さて、最初に向かったのが、<常寂光寺>。 日蓮宗のお寺で、小倉山の藤原定家の時雨亭跡か?といわれている3ヵ所の内の一つです。ちなみにあとの2ヵ所は二尊院と厭離庵だとか。定家の日記「明月記」などから研究者が調べるとほぼ二尊院で決まりだそうですが。

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みずみずしい緑苔に映える紅葉が有名で人気のお寺、でもこの日は苔が乾燥していて茶色っぽく、(新緑の)青もみじも少し早くて期待はずれ。今年は寒かったからねえ。やはり訪れる季節とタイミングがとっても大事です。(写真のように)仁王門を見下ろすのと、仁王門から階段の上を見上げるのと、どちらもいい眺め。仁王門はもとは本圀寺の南門で南北朝時代のもの。とても風情があります。

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仁王門わきのしだれ桜が満開、一本だけひっそりと咲いていて常寂光寺にふさわしい。

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それから、<落柿舎>に立ち寄って・・・・・。この辺りの景色はずっと昔のまま。もちろん風致地区だからです。前は豆畑です。落柿舎の隣に小さなお墓があります。今まで気にとめてなかったんだけど、ちょっと立ち寄ったら嵯峨天皇の皇女”有智子内親王”の墓とありました。この人は女性ながら17歳にして当代一の漢詩人とうたわれた素晴らしい才能の持ち主だったとか。初代の賀茂斎院に赴かれたそうです。どんな一生だったんだろう。

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以前と同じように蓑が掛かっていました。”猿蓑”を思い出しますね。演出効果抜群。(笑)
落柿舎は”芭蕉”の高弟”向井去来”の庵跡。「柿主や 梢はちかき 嵐山」という去来の句が残っています。柿の木も植わってるし、もちろん芭蕉も度々訪れています。俳人たちの句碑が所狭しと並んでました。

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「一句どうぞ!」という投句箱も設けてあって、「お姉さん、一句どう?」と義妹に言われ、「う~ん、辛いなあ[ふらふら]

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次は<二尊院>へ。ママチャリだとあっという間に着きます。

西行さんの庵跡という碑がありました。「アカンなあ、どうしても藤木直人の顔が浮かんでくるわ。」 ワタシは西行法師はすごい人だと思うけど藤木直人のフアンではありません。(念のため)
義妹も「壇れいが綺麗だったよねえ、璋子だったけ?あれホント?」とのって来る。「西行が待賢門院璋子に恋慕してたという説は確か”辻邦生”が”西行花伝”で書いてた。ワタシも璋子は魅力的な女やと思うわ」とついそっちに話が行ってしまう。大河の「清盛」面白いですねえ!
ともかく、西行も定家も庵を結んだ、歌聖たちを魅了した小倉山の麓です。

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ここも、やはり桜よりは紅葉です。山門をくぐり、この参道を上がっていくのが好きなんだけど桜の木はこの程度です。

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”二尊”とは、釈迦如来と阿弥陀如来のこと。お釈迦さまは人をこの世に送り出してくださる仏で、阿弥陀さまはあの世から人を迎えに来てくださる仏さまです。二尊院ではこの二仏がそろってご本尊なのです。二体ともとても綺麗な仏像です。この日は本堂に隣接する九頭竜弁財天堂から”弁財天”もおいでになっていて拝観することができました。本当に九つの頭を持った竜なんですよ。天変・地変を除滅するという御利益があるそうです。

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二尊院は浄土宗のお寺で法然上人の御影も拝観することができます。朝廷や公家との関係が強いお寺です。写真はさっきとは逆に参道から山門へ下って行くところ。門前に茶店が出来てました。

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さて、鳥居本の方へ登って行って、化野の<念仏寺>へ。

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「この”あだし野”とか東山の”鳥辺野”とか、昔は都の周辺に野ざらしの屍がいっぱいあったんやろなあ」と話しながら、一つ一つずつ石仏さんを拝んでいきました。昔は”風葬”が当たり前だったしね。「周りの供養塔はほとんど傾いてるなあ、地震の時大丈夫なのかなあ?」と義妹。彼女は京都住まいですが、”あだしの”まで来たのは初めてだそうで興味津々。いつも車なので、嵐山でも天龍寺くらいしか来たことがなかったそうです。「エヘン!やっぱり来て良かったやろ。なんちゅうても自転車やで[手(チョキ)]。」とワタシ。「自転車に乗るのは何年ぶりか~。太ももにくるう~!」と叫んでる義妹。「夏の地蔵盆の時に来たら、ろうそくが灯って綺麗やで。」と、どこまでも親切なお姉ちゃん。

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さて、ランチは湯豆腐を予約しておいてくれたので、<天龍寺>まで戻りました。天龍寺の塔頭の一つ<妙智院>の中にある”西山艸堂(せいざんそうどう)”というお店。

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嵯峨のお豆腐といったら「森嘉」さんです。このお店も森嘉のとうふを使ってます。ランチは湯豆腐定食(3150円)のみですが、禅寺の書院でお庭を眺めながらいただく湯豆腐は格別、といいつつ二人ともお腹が空いてたのでガツガツ食べてしまった。

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嵐山に来るとワタシは「森嘉」さんには必ず立ち寄ります。とにかくお豆腐が美味しい。義妹にもお土産を勧めました。ランチで食べた”ひろうす”が美味しかったといっぱい買ってました。森嘉さんのお店は<嵯峨釈迦堂>のすぐ脇です。

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満腹になりました。ごちそうさま。「さて、もうひとっ走り行くか!」「ええっ~、お姉さん、まだ行くの、いつもこんなにいろいろ行くんですかあ!」と叫ぶけなげな(?)義妹を引き連れて・・・・・やって来ました。<嵯峨釈迦堂>こと<清涼寺>。

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ワタシ、このお寺好きなんですよ~。本尊の釈迦如来はチョー有名な生身仏。一見して日本の仏さまではないことがわかります。細見のスマートなインドの男性です。”清涼寺式釈迦如来”と呼ばれ模刻も多くあります。体内から絹で作られた五臓六腑が出てきたことで特によく知られています。そのレプリカが宝物館に展示してありますが面白い。初めて見た人はびっくりすると思う(本物は体内に戻されている) 体内には赤糸で作られた血管や神経もはりめぐらされていて、千年以上も前に解剖学的な身体の構造がわかっていたという貴重な資料になっているそうです。

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このお寺は千年以上まえからの建立で、嵯峨天皇の皇子で光源氏のモデルとも言われる”源の融左大臣”の別荘跡です。洛中洛外図には必ず描かれているし、寺の縁起絵巻も狩野元信筆で残っています。融左大臣を写したと言われる阿弥陀三尊もうっとりするほど美男で素晴らしい仏さまです。

またここは謡曲「百万」の舞台でもあり、嵯峨念仏狂言が行われる場所でもあります。これほど由緒のあるお寺で、寺宝もいっぱい持ってるのに(もかかわらず)、展示の仕方がなぜかぞんざいなんです。いつも、大丈夫かなあ、と他人ごとながら気になる。その分とても親しみやすい気楽なお寺なので、好きは好きなんですけど。。。

実はこの日、本堂の壁に描かれた五百羅漢図を見てさらにびっくり!「こ・こ・これはもしや一信!」と思ったらやはり狩野一信筆になってた。「ええっ~、こんなん前からあったっけ???」 ”清涼寺の一信の
五百羅漢図”って皆さん知ってました???「山下祐二先生、教えてくれ!」

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最後の〆(しめ)は <大覚寺>です。あまりにも有名なお寺なので、今更という気がするくらいなんだけど、実はこの日行ってみて、ワタシの記憶にほとんど残ってなかったことが判明。愕然とした!老化の始まりか!
「このお寺は来たことがないかも知れん」と義妹に言ったら、「まさか!」と言われたけど。

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<旧嵯峨御所>と呼ばれる門跡寺院です。嵯峨天皇の離宮跡といわれ、南北朝の時代には南朝の御所になっていたそうです。大沢の池を含む広大な敷地にたつ数々の御堂が往時の栄華を偲ばせます。この日はたまたま”いけばな嵯峨御流”の華道祭の日で、境内は嵯峨御流のいけばなであふれ、着物姿の女性たちが大勢出入りしていました。

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玄関にいけられていた豪華な桜です。後ろの襖絵は永徳筆となっていて驚きました。松の迫力があるなあと眼を凝らして見たけどよく見えなかった。[もうやだ~(悲しい顔)]

中央に位置する”宸殿”は屋根のフォルムや全体のバランスが素晴らしく、華やかさと品格を合わせ持った建築です。後水尾天皇が寄進したとかで、中宮”和子”の御座所だったそうです。襖絵には山楽の「牡丹図」や桃山の豪華な金碧画が保存され、ここもいけばなで埋め尽くされていました。
”正寝殿”に残されている”渡辺始興”筆の「野兎図」もたまらなく可愛いでした。

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”東福門院和子”は、言うまでもなく秀忠とお江の末娘で、家光や千姫の妹にあたります。浅井家の縁で、”雁金屋(光琳・乾山の実家)”の大パトロンでもあり、ワタシ的には好感度抜群のお姫さま。身びいきのせいか、和子が生活したと聞くとなんだか身近に思えます。(写真は横からみた宸殿)

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”正寝殿”や”御影堂”を結ぶ回廊。広くて複雑で迷子になりそうです(笑)

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お堂の向こうに見えるのが”大沢の池”。船がでていたのですが、雨が降り出したので、やっぱり最後まで”大船”には乗れんかった。[ふらふら]
「お姉さ~ん、あんまりたくさん行ったので、どのお寺で何をみたか忘れてしまいそう・・・」と義妹。「そうやなあ、確かに!この次に来るときはもっと少なめにしような。美空ひばり館に入ってもええし。」「お姉さん、かくれひばりフアンやったの?」「かくれてもないけど・・[るんるん]

渡月橋まで戻ってくると雨は本降りになってきて、橋の上からみる山桜は霞んでしまっています。それにしても思ったほど桜は多くない。宿のご主人に聞くと「(嵐山は)桜より、やっぱり紅葉ですねえ」という答え。そうやろなあ[ひらめき]


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京都水族館 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

孫たちと新しくオープンした水族館へ。「京都に水族館???」と思うでしょ。ワタシも??と思った。けど海のない京都ではこれが大当たり!チケットも並ばんと買えんと聞いたのでばあちゃんはローソンで前売り券を買いました。店員さんも使い方がわからんほどのマイナーな機械ですがなんとかゲット![手(チョキ)]

京都駅からタクシーでワンメーター。西大路との間、東寺の近くのJR梅小路機関車区の敷地内にドーンとオープンしました。息子たちが小さい頃、機関車を見て大喜びでした。今でも機関車たちが大人気です。

イルカショーが始まっていました。聞くところによると京都のイルカたちはまだお勉強中で、これといった芸はまだ期待できないそうですが。。。

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ゴン太に「わっかの中をくるっと飛ばないね?」と聞かれましたが、ばあちゃんとしては「うーん、そうやね。」と答えるばかり。イルカもお姉さんも頑張ってるけど、いまひとつ盛り上がりませんなあ。
「ほらほら、新幹線が通ってるよ」と、ゴン太には水族館の外を見せたばあちゃんです([ふらふら]

ゴン太はお魚が好きで水族館はもちろん大好き。この日はでっかい”ゴマフアザラシ”や、

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”ペンギン”の水槽が面白かったらしい。

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”クラゲ”も気に入ったみたいです。

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ゴン太2号は”アザラシを見ている人”を見て喜んでました。「アザラシはこっちや!それは人間や!」

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息子がヨーロッパに赴任になってすでに行ってしまいました。可愛い盛りの孫たちも近いうちに日本を離れます。

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ばあちゃんとしては、淋しくて仕方ありませんが・・・・息子一家にはとっても貴重な経験になるだろうと思います。
笑顔で送ってやりたいなと思ってます。[わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)]


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京都は満開のさくら 「岡崎」 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

先週初めから今週初めまで関西へ帰省。京都、近江を行ったり来たり。父親の特養入居が主目的だったので、京都の桜は見られるかなあと案じていたのですが、お仕事(?)のあいまにあちこちぶらついて結構楽しんで来ました。忘れないうちに書いておきます。

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細見美術館の「酒井抱一と江戸琳派」をのぞこうと岡崎へ。岡崎公園は東山沿いで二条と三条の間、平安神宮のあるところ。京都会館や京都市美術館、京都観世能楽堂などが集まっている文化エリアです。蹴上げの浄水場や南禅寺、動物園にも近く、平安神宮の神苑の桜はもちろんのこと、周辺もお花見の名所となっています。

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壕に流れる水は琵琶湖から続く疎水です。蹴上げからこの辺りにかけてソメイヨシノが多く植えられています。前日は雨だったんですがこの日はちょうど満開で、最後の見頃だと多くの人が繰り出していました。

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赤い鳥居は平安神宮のもの。神苑内のさくらは見事なんです。が、時間がないので中には入らなくて、周辺のしだれでOKとしました。

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細見美術館は(以前も紹介したと思いますが)、こじんまりした個人の美術館で、日本画の優品を多く所蔵し、興味深い企画をしているので度々訪れています。写真はいつも立ち寄る館内のカフェのテラス席。ランチは前菜・サラダ・パスタ・デザート・コーヒーで1500円。お勧めです。右側がミュージアムショップの入り口。カフェとショップは美術館に入館しなくても入れます。

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この日の展示は「江戸琳派」。

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酒井抱一が中心で鈴木其一が何点か。抱一の”八橋図屏風”と其一の”芒野図屏風”にまた出会えたのはうれしかった。出光と千葉から出張してました。後期には”夏秋草図屏風”も東博から来るようです。(^_^)[手(チョキ)]

出展されている抱一は個人蔵のものが多くて、小品で地味だけれど初期の作品などは「こんなの書いてたのか」と感じました。山東京伝が(狂歌集に)描いている(狂歌仲間の)抱一の似姿がすごく面白かった。
”尻焼猿人(抱一の狂歌名)”は、
さすがにいい男です!

それから、其一の”凧”が2点。道成寺(般若)の凧と達磨図の凧。いやあ!すこぶる傑作!壊れやすい凧がよく残ってたと感心もしたし、凧まで描いてたのかとオドロキもした

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実はこの日、孫たちが大坂から京都に来ると言うので、京都駅まで迎えに行くために岡崎からバスに乗りました。東山大路を少し下ると祇園なんですが、八坂神社辺りもお花見の人でいっぱい。八坂さんのしだれ桜も見頃かななんて思いながら。。。。。
歌人であった友人の歌、<巫女のアルバイトしそこねし思ひまだ残り 八坂神社の前を通れり>をふっと思い出し「何で早う死んだんや!」と胸のつまる思いでいたところへ、救急車やパトカーが次々と走ってきて突然騒々しくなりました。

警官がすぐに四条通りを閉鎖し始めてバスは曲がれなくなり、あっという間にすごい渋滞。何の事故かしら?と思ってたんですが、夜のニュースを見てびっくり。8人もの死者が出る大事故が起こってたんですね。弟からは「お姉ちゃん、ふらふら歩いてんと良かったなあ!」と言われた。ホンマにびっくりでした!


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「三都画家くらべ 京 大坂を見て江戸を知る」 府中美術館 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

ちょっと面白いテーマの美術展。府中美術館はいつも「あれっ 何や?」と思うような企画をしますねえ!

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江戸、大坂、京都の絵師たちの絵を一同に並べて見くらべようという切り口で展示されています。浮世絵などには”三都の美人くらべ”などの遊びがありますが、これはどんなかしらと思って見に行きました。

おおざっぱに言うと、「京都は伝統ある大和絵の画風が残っていて、大坂は中国の画家の影響が強く、文化的に遅れた江戸では理知的で粋な画が好まれた・・・云々」などと説明がありましたが、正直「そうかなあ?」という感じ。ちょっとこじつけ?よくわからん???

まず見比べて見ましょうか。お江戸から・・・。

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「江戸は余白の美を重んじている」とも説明されていましたね。
確かに、”酒井抱一”も”椿椿山”も花鳥画の構図では、余白の美しさが印象的ですが。。
一番上の華やかな絵は、”狩野探幽”の”四季花鳥図屏風”。探幽が確立した端正な画風(江戸狩野)が支持され、その後の狩野派を規定したと言われてます。桃山期のおじいさん(永徳)とは明らかに画風が違います。静謐さはひいおじいさん(松栄)に似ているみたい.

次は大坂の絵師たち.
「大坂は貿易港で、中国のものを見る機会が多かった。。」と説明にありましたが、これも「そうかなあ?」と今ひとつ腑に落ちない。けれど、一番上の”中村芳中”の”人物花鳥図鑑”のような絵を見せられると、文句なしに楽しくなります。たらし込みがこれでもかこれでもか!というくらいに奔放に使われていて、これぞ「なにわのおおらかさ」と言いたくなる。そうそう、”森狙先”の”猿図”(中段左)が見られたのが最高でした!隣に展示していた”森徹山”の”寒月狸図”も素晴らしかった!それから、(チラシの右上)初めてみた”墨江武禅”という絵師。”月下山水図”。不思議な色調と空間で驚きました。一度見たら忘れられない印象です。後で調べたら武禅は大坂の船頭さんで彫金の技術に優れた人だったそうです。なるほど、絵は彫金そのものです。

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最後は京都.「京の絵師の絵は、大和絵の絵巻のように、描かれている部分がさらに広がっていこうとする傾向がある・・・」と説明されていたように記憶(?)。ようわからん。まあ、先日見た岩佐又兵衛の絵巻も大和絵の影響が大きいことは感じられましたけど。。

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”尾形乾山”の”吉野山図”(下の段右から2つめ)、やっぱり魅力的。 めちゃめちゃ面白い長沢蘆雪の”なめくじ図”(上の真ん中の絵)や、(その左の)蘆雪や呉春など応挙一門が合作した”花鳥図”、それに(一番下の右)”曾我簫白”の”虎図”。

この他にも、初見の”蘆雪”の”竜虎図”、”応挙”の”時雨狗子図”もあって、見どころ満載、出血大サービス、大満足の美術展です!初めて見るのも当然で、個人蔵の作品がほとんど。これだけの作品を集めるのはさぞかし大変であったろうと、キュレーターさんのご苦労と日頃の努力がしのばれます。

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真正極楽寺蔵の”狩野山雪”の”寒山拾得図”(上の右)まで見せてくれました。府中美術館に感謝です!

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「三都の絵くらべ」の意味は最後までよくわからなかったけど、レベルの高い展示には唸ってしまいました。”宋紫石”をまとめて見られたので、その良さを再発見したり、まだまだいろいろ感じたことはあるけど、きりがないのでこの辺でやめておきます。

さて、明日からまた花のみやこへ行って来ます。京都は今桜のまっ盛り、一番いい季節のはずだけど・・・、父親の特養入居と母親の通院のために行くので、ゆっくり桜を見られるかどうか。。。


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「石川梵写真展 東日本大震災の記憶」 武蔵野市立吉祥寺美術館 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

吉祥寺の井の頭公園にお花見に行ったので、コピスの7階にある武蔵野市立吉祥寺美術館へ行って来ました。

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石川梵さんという写真家が撮影された3.11大震災の記録写真を展示しています。石川さんはフリーのカメラマンですが、震災翌日にセスナを借りて空中から被害の様子を撮影し、その後すぐバイクで被災地に入って多くの記録写真を撮って来られたそうです。今年になってからも記録し続けておられます。被災地の様子やそこで暮らす人々の生活を、一個人の目線でとらえた写真は、メデイアで報道される写真とはまた違った映像をとらえています。言葉では言い尽くせないのですが、ぜひ多くの方に見ていただきたい写真展です。入場料は100円、5月13日までです。もし吉祥寺に行かれたらぜひ足を運んでください。

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「三井家の茶道具」 三井記念美術館 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

ワシントン時代の友人たちと三人で三井記念美術館「三井の茶道具」展へ。

実は去年3月中旬に三人で美術館巡りとお茶飲みをしようという予定をしていたのですが、3.11大震災が起こって日延べということになり、そのうち(去年4月から)私の両親の介護が始まって・・・・という訳で、「一年越しの約束を果たす」ということになったわけです。久しぶりに出会ってみると、介護でウロウロしてたのは私だけじゃなかった。それぞれ親や親戚の年寄りに振り回され、結構同じような悩みを抱えてるんだなとわかりました。日本が”超超高齢化社会”に突入して、国(国民)全体で今まで遭遇したこともない壮大な社会実験をさせられているんですね。

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友人の一人はワシントンで一緒にお茶を習っていた仲間。その頃はちょうど裏千家のワシントン支部が開設された時期で、日本から裏千家の先生が派遣され、洋室の中に(日本から輸入した)畳を敷いたお稽古場に伺い(着物を着て靴を履いて車を運転してました!)、大使館のお茶会のお手伝いやら、茶事の基本を教えてもらって、なんだかよく解らず右往左往してたねえ~・・・・・などと、お道具を見ながら当時の思い出話に花が咲きました。厳しい先生で、ドジな私はビシビシ怒られたんですけど。。。

何年か後、NYでも裏千家のNY支部で教わり、帰国してからも世田谷で先生について、(途切れ途切れながら)3人の先生に教わったことになるのですが、いつも”平点前”からやり直し、私の茶道は全く上達しませんでした。その3人の先生方は、みんな私が(ワシントン、NY、東京)を去ってからまもなくお亡くなりになってしまい今は思い出だけです。一昨年常陸から東京に戻った時には、お稽古場もなくなっていました。

友人の一人は表千家を習っていたそうで、”夜咄の茶事”も教わったとか。「お稽古で一番難儀したのは茶壺の組み紐だったねえ・・・・」という点で友人たちと意見が一致(笑)

さて三井のお道具は、さすがというかやはりというか、どれを見ても破綻のない正統派ばかりだということが素人目にもわかります。由来書きを見ると、「ほおっ~!」とため息が出てくる名品です。(先日の能面もそうでしたが)維新後や戦中戦後の混乱期に、大名家などの売り立てで三井さんが買い求められたものが多いようでした。三井当主の”眼力”が素晴らしかったことがわかります。

折りにふれ何度か見せてもらっていますが、私はいつも国宝の志野茶碗”卯花墻”に目が行きます。それに今回「如庵の取りあわせ」に出ていた重文の黒楽茶碗”雨雲”(光悦作)にも惹かれます。今回初めて見て、すごくいいなあと思ったのは”三好粉引”。由来書きには三好長慶が所蔵していた茶碗とありました。戦国武将の長慶が茶を喫しているところが目に見えるような気がした。(下のチラシでは上の段の中央の写真)

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友人たちと「面白いねえ!」といいながら見たのは、お茶道具ではなくて、着物の柄のひな形の数々。フアッションのデザイン画です。いずれも新町三井家から新たに美術館に寄贈された初公開品。三井のお嬢さま方が呉服屋さんにコレコレの模様でと、特別注文して作らせたんでしょうね。スゴイね。豪華な着物やったんやろなあ!
隣に展示してある(多分国宝級の)”金沢文庫本・白氏文集”はさっと素通りしましたけど。([ふらふら]


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豪華絢爛岩佐又兵衛絵巻「第一期 山中常磐物語」 熱海MOA美術館 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

東京から熱海まで車で2時間。行ってきました!MOA美術館。

(運転してくれる)連れ合いと予定が合わなくて、ほとんどあきらめかけてたMOA美術館。30周年記念としてMOAが誇る”岩佐又兵衛の絵巻”の全巻が公開されてるのです!

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その第一期「山中常磐物語」は4月4日までの展示。会期末ぎりぎりの3日に、やっと(連れ合いの)都合がついたので、荒れ模様の天気と聞いてはいたけど、「行くっきゃない!」
やはり台風なみの豪雨で美術館も3時で閉館、帰りの道は風雨がすごかったけれど、絵巻はしっかり見ることが出来たので大満足です。(ドライバーに感謝[わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)]

もう2年以上前か、羽田澄子監督、鶴澤清治さん作曲の「山中常磐」の映画を見てブログで紹介したことがあります。http://alexleo.blog.so-net.ne.jp/2008-06-08-1

映画でもかなり感動したけれど、実際に絵巻を目のあたりにして、言葉もないほど感激!
全部です!全12巻ですよ!全巻が一同に公開されるのは30年ぶりだそうです!眼福ここに極まれり![exclamation][exclamation]

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さすがに悪天候の日にわざわざ来る人も少なくて、好きなだけ絵巻の前に立ち止まって何度でも見放題。とはいえ、12巻全部をじっくり見るのはかなりの労力でしたが。

”山中常磐物語”は、奥州にいる牛若丸(義経)を、母親の常磐御前と侍従が訪ねて行く旅の途中に、美濃の”山中”という宿で常磐が病に倒れ、侍従と共に盗賊にみぐるみはがされて殺される、その仇を牛若丸が討つという筋書き。古浄瑠璃で演じられていた詞書きに従って絵巻が展開されていきます。人形浄瑠璃を絵巻にしたという訳ですネ。義経伝説は昔からポピュラーで大人気だったんでしょうね。

絵巻は岩佐又兵衛を招いた福井藩主の松平忠直が描かせたものといわれています。潤沢な画材を使ってこれだけの大絵巻を完成させるには大名(パトロン)の庇護なしには出来ないことでしょう。
又兵衛は信長に滅ぼされた荒木村重の末子で、母親も一族も斬殺されています。自分の体験と牛若を重ねて描いているというのが(映画を撮った)羽田監督の視点でした。



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それにしても12巻という膨大な量は圧巻です!

サントリー美の「かざり展」で又兵衛の”浄瑠璃物語”を見たときも、金銀をふんだんに使った極彩色の、あまりに鮮やかで精緻な又兵衛の筆に驚かされ、その場を動けなかったのですが、今回の印象はさらに強いものでした。

12巻の最初から最後まで通して見ると、絵としてよりも物語としての面白さがまず強烈に迫ってきます。子供のころに絵本をめくりながら、お話がどうなって行くのかドキドキしていた気持ちがよみがえってくるようでした。
「昔はこんな絵本だったなあ・・・」と言いながら見ている人もいました。私もとても懐かしかった。
江戸時代の人たちもワクワクしながらこの絵巻を楽しんでいたんだろうなと思います。

一端最後まで通して見終わってから、落ち着いてそれぞれの巻を見ていくと、今度は又兵衛(工房)の表現力の凄さがぐんぐん迫ってきます。抜群の構成といい、精緻な描写といい、目の覚めるような色彩といい、どこを抜き出してもハズレという場面は一つもありません。

下は京の自宅で常磐が行方知れずの牛若丸を思って物思いにふけっている場面。(巻1)

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CCF20120404_00001.jpg (巻1)

常磐は義経が奥州に潜んでいると聞いて、ただただわが子会いたさに、侍従と二人で奥州への旅に出ます。

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旅双六のように、京から美濃への名所が描かれ、女二人連れの道中を写していきます。地元テイの私は特に興味をそそられました。下は(巻3)”しのはら堤”。着物の中に赤子を背負っている農婦が見えます。 

CCF20120406_00004.jpg (巻3)
下の場面は常磐御前と侍従が京を出て、鴨川を渡り、粟田口を出て、逢坂山を越え、ようやく”勢多の唐橋”にさしかかるところ。

右から左へ場面は移っていきます。菅笠をかぶっている上﨟2人が常磐と侍従。上流の女性は供を連れたり輿を使うのが普通ですが、奥州に潜む牛若丸を訪ねる忍び旅なので、2人は慣れない徒歩で旅を続けます。その心細い様子がよく表れています。

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橋を行き交う物売りたち、猿回しの男、子供と母親、馬と馬喰それぞれの生活が実感を伴って描かれて、当時の風俗画として見てもとても面白い。別の場面では乳飲み子を抱く男や、耳掃除をしてもらう子供、犬の親子などが登場して、「昔もこうだったのか!」と、ほほえましくて懐かしい思いがしました。
常磐侍従を際立たせるためか旅の場面では女性の姿が少ないのも絵師の演出でしょうね。

下は有名な場面。山中宿で常磐が賊に刺され宿の亭主夫婦の介抱も甲斐なく死んでしまいます。初めてこの場面を見たときはこの大胆なリアルさに「ええっ!」と思いましたけど。

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豪華絢爛という謳い文句のとおり、大画面の絵巻はどの巻も金彩を存分に使った鮮やかな色彩にあふれ、多くの人(犬や馬や牛も)が登場するにも関わらず、どれ一つとして同じ表現はありません。主人公はもちろん、周辺の人々の表情や仕草、着物や室内の調度品、甲冑や太刀や弓、松の葉や幹なども隅々まで手を抜かず、精緻な筆で活き活きと描写されています。その”リアル感”がスゴイです。

下の場面は牛若が計略をもって六人の賊を一人で討ち果たすところですが、この場面の前後は早送りのコマのようにスピード感があり、もっとも活き活きとしています。

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吹き出る血潮の描写が、これもリアルで丹念に描かれ、一コマ進む度に血の量が増えて、死骸がすさまじいことになっていきます。一太刀で身体を縦断される賊もいて、パカッツと身体がわれてるし臓腑も見えてる。「こ・こ・これは、どうなってんねん?」と目を見張るばかり。

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仇討ちがすんだ後、牛若は宿の亭主たちに手伝わせて、バラバラになった賊の死骸をコモにつめて川に放り込みます。本当は悲惨な場面なんですが、何度みてもこれが可笑しくてたまらない。

すごくリアルで、生活実感が伴ってるというか、鼻をつまみながら作業してたり、太刀や金目のものはしっかり取っておいたり、縄で縛るために死骸の上を踏んづけてたり。
多分又兵衛の生きてた戦国時代の頃は、死体の始末も日常茶飯事で、こんな風にしてたんやろうな、と推察できる。貴重な風俗図でもあるし、鋭い人間観察眼をもった人だと感嘆します。

最後に圧巻だったのが、義経が奥州から10万騎の兵を連れて都へ攻め上るというくだり。おびただしい軍馬・雑兵の群れです!(上から順番に、絵巻では右から左という進め方)

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中央の駿馬にまたがるのが義経。(巻11) 武士たちの表情も一人一人違って、胸の内までわかるような気がする。大きな絵巻なので実際に見るとすごい迫力です!集団の喧噪が聞こえて来そうです。ここには出ていませんが、後ろから従う”兵站部隊”まで丁寧に描かれていて、軍団が動くときにはまさにこのようであったろうと思いました。

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最後の(巻12)は、都へ攻め上る義経が山中宿に立ち寄り、常磐の菩提を弔い亭主に褒賞を与えて一応メデタシで終わっています。が、これからの義経の波瀾万丈の人生を何となく予感させるような雰囲気も持っています。

何度も言いますが、全12巻を見ることができて本当にうれしかったワタシ!断片でみるのと全巻みるのとではこんなに違うのか!と改めて思ったことでした。

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4月6日からは「浄瑠璃物語」、5月11日からは「堀江物語」の全巻公開が続きます。
とっても楽しみです。[わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)] (ドライバーさん、これからもよろしくお願いします[手(チョキ)][手(チョキ)]


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3月に読んだ本 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

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* 福島原発事故独立検証委員会「調査検証報告書」   (財)日本再建イニシアテイブ

* 震災と原発 国家のあやまち 「文学で読み解く3.11」  外岡秀俊

* 3.11 複合被災   外岡秀俊 

* 文学の門  荒川洋治

* 米国製エリートは本当にすごいのか? 佐々木紀彦

* 幸福論  吉本隆明

* 能の匠たち (その技と名品) 横浜能楽堂

 


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国立能楽堂三月公演 狂言「樽聟」&能「誓願寺」 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

三月、これで五度目の観能は国立能楽堂の公演。(一ヶ月に5回はやっぱり多いなあ)
狂言の石田幸雄さんと、金剛流の今井清隆さんのお舞台が見たくて申し込んでおいたもの。

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狂言の「樽聟」のストーリーはポピュラーだと思うけど、実際に演じられることは少なくて、国立能楽堂でも初演だそうです。シテの聟が石田幸雄さん。お人柄がそのまま表れてるような熱演型・努力型の役者さん、体力的にも一番充実している時期かもしれない。アドの舅が野村万作さん。小アド(聟と間違えられる何某)が萬斎さん、小アドの太郎冠者が髙野和憲さんと、野村一家の実力者が勢揃い。万作さんと萬斎さんの親子競演でもあり、にぎやかな中に緊張感のある舞台。4人の息が揃わないとダメなんだろうな、と思います。平日の昼間にもかかわらず御簾内まで満席。見所からは絶えず笑い声が上がり、狂言の楽しさを再発見した気分です。

お能は金剛流の「誓願寺 (来迎拍子)」

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「誓願寺」はシテが和泉式部の霊。美しい女性です。私は以前は金春流、今は観世流をお稽古してるので、(他流の)金剛流の能を見る機会はあまりありません。かねてから今井さんのお舞台を拝見したいと思ってたので楽しみにしていました。

はからずもワキの宝生閑さんとワキツレの宝生欣哉さんの親子競演でした。舞台が締まります。野村さん、宝生さんと(人間国宝の)2組の親子競演を見て、改めて”舞台で、身体で、伝える”という伝統芸能の大切さを思いました。

「誓願寺」は大曲で2時間近くもあったかな。観る方もそれなりに大変です。今井さんの和泉式部は、気品があって知的な女性という印象。後ジテの歌舞の菩薩では、優雅な装束で登場、ゆったりと荘厳な舞を舞います。長時間でしたが、緊張感のある張り詰めた舞台でした。
ワキの宝生閑さんはますます枯淡の味わい。しかし、お元気ですねえ!
前方の席で舞台を見上げていたせいか、シテの足の運びや足さばきが、必要以上に目に入ってきて、ちょっと戸惑いました。でもいい勉強になった。

囃子方は、私の好きな松田弘之さん(笛)、(大鼓)亀井忠雄さん、(太鼓)前川光長さんなど充実。小鼓方の林吉兵衛さんは初めて拝見。京都の方だそう。歯切れのいい鼓で好感が持てます。地頭に金剛永謹さんで、金剛流の謡を堪能させてもらいました。


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「ボストン美術館 日本美術の至宝」 東京国立博物館 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

何はさておき行ってきました!「ボストン美術展」です。 開催日直後に出かけた連れ合いに、「絵巻を2度見てきた」と聞いたもんで、これはすぐに行かなくちゃ・・・・とあわてて!

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ポスターの雲龍図は曽我簫白。襖絵の形に修復されて、ドカーンと日本初公開です。ほとんどの絵師が雲龍を描いてるけど、龍の顔がこれほどアップされた作品は特筆。胴体の部分は失われて残った”頭”と”尾”を修復したそうですが、それだけでもド迫力。部屋に入った人はこのすさまじい襖に囲まれて、縮み上がったんではないかしら。[わーい(嬉しい顔)]

ポスターに象徴されてるように、ボストン美の今回の里帰りは<簫白のコレクション>が一つの目玉。簫白が世間で注目されるようになったのは辻先生の”奇想の画家”の紹介以降ですが、そのずっと前にビゲローに簫白の面白さを説いて買わせたのがかの岡倉天心。
天心は英著”東洋の理想”で、簫白をウイリアム・ブレイクに似ている、と記しているそうです。”美術”という概念を打ち出し、自ら美術史を編み、自らの目で再評価した絵師も多数にある天心ですが、今更ながらその慧眼には感嘆するばかり!

と、天心先生の熱烈フアンのワタシにとっては、ボストン美術館は”聖地”のようなもの。会場に入ると懐かしい先生の像が待っていました。”五浦の釣り人”(平櫛田中作)です。

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別ブログ”常陸の国・カントリーロードhttp://uminosoba.blog.so-net.ne.jp/”で、イヤと言うほど何度も紹介した五浦海岸の日本美術院跡、”天心美術館”や”六角堂”のあるその北茨城市の海岸は、昨年の3.11大津波に洗われ、天心が太平洋の彼方(ボストンも)を眺めて思索した小さな六角堂も流されてしまいました。それでも、日本美術を守った天心の偉業までは流すことは出来ません。

明治維新の後、激しく西洋化を進めようとして日本文化が危機に瀕していた時代に、日本美術の優品を買い集め、ボストン美の東洋美術部門を作った”モース””フエノロサ””ビゲロー”のボストニアンたちと”岡倉天心”の壮大なドラマは、(朽木ゆり子さんの本で話題になった山中商会のことなども含め)、話が尽きないので今はやめておきますが、今回の展示で改めて彼らのコレクションの質の高さを、つくづく思い知らされました!

さて、”聖地”と言いましたが、実は”聖地”に行っても、常にこれらの作品を見ることができるわけでは決してありません。有名な浮世絵コレクションにしても最近までは展示厳禁・門外不出でした。”茶会事件”と”松坂のレッドソックス”で有名な(?)ボストンは、歴史のあるとても綺麗な魅力的な街です。ワシントンDCやNYにいた時には何度か訪れましたが、ボストン美の日本美術の部屋には現代工芸作家の展示だけでガッカリして帰ったこともありました。

もっとも、日本美術のコレクションはボストン美のみならず、天心が親しくしていたガードナー夫人コレクションの中にも、近郊のセーラムという街にある”ピーボデイ美術館”にも、モースによって同時期に買われた日本美術品(有田の磁器や南蛮屏風など)が常設展示してあります。(余談ですが、ボストンやセーラム近郊には、メイフラワー号が着いた港やポーツマスもあって、歴史を知る旅にはお勧めスポットです!)

もちろん、ワシントンのスミソニアン(フーリア)など、米国の他の美術館のコレクションも有名ですが、ボストン美術館の東洋美術のコレクションは世界一といわれ、質量ともにずば抜けています。日本美術に理解を持ったボストニアン達の熱意と、”天心”という大天才を得た幸運がもたらしたものだったとしか言いようがありません。おかげで後世の私達は自国の最高級の美術を目にすることができるし、なおかつ、ボストンに行っても見られない至宝を、これだけそろって見られるのは本当に幸せです。里帰りさせてくれた東博とスポンサーに感謝!

実は連れ合いは20年以上も前に、たまたま訪れたボストン美術館で”平治物語絵巻”を目にし感動して、プリントを買って来て額に入れ長らく部屋に飾っていました。今回再会出来たのが、よほどうれしかったらしく興奮気味でした。[わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)] 
その”平治物語 三条殿夜討ち(部分)”の場面。

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ワタシの行った日もまだ観客が少なくて、目に焼き付けておこうと思ってゆっくり鑑賞。玉木宏(源義朝)はどこや?と探したりして(大河ドラマの見過ぎ)2度ならず3度も見てしまった。総大将の武士は玉木宏よりずっと引き締まった顔してた!

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隣に展示していたのは、「吉備大臣入唐絵巻(部分)」。こちらはいかにも平安時代の絵巻らしくおおらかで、人々の表情や仕草もユーモアにあふれていて、鎌倉期作の躍動的な平治絵巻とは対照的です。この絵巻は近年里帰り(出光だったか?)した時に見た記憶があります。吉備真備さんが衣を脱がされてウンチを調べられる場面などとても面白くて忘れられない。[わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)]

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巻を広げるとこんな様子です。

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展示のどれを見てもすべてが素晴らしく印象に残る作品ばかりで離れがたかった。正直どれを紹介していいかわからないのですが、とりあえずいつものように”独断と偏見”で選んでみました。

仏画も素晴らしいものばかり、フエノロサ・ビゲローたちが、廃仏毀釈の嵐にさらされていた古都の寺院から手に入れたと言われるのがうなずけます。
下は「普賢延命菩薩像」。
菩薩が乗る三頭の白象の印象が強烈で、菩薩からも妖艶な雰囲気が漂っています。平安期の作だそうですが、構図も秀逸でどんな絵師(僧?)が描いたのかと思ってしまう。拝むのも楽しかっただろうな。

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下は、大きな木造の「菩薩立像」。これも平安期の彫刻だとか。異国の仏像の面影を残していて、奈良時代の仏像彫刻を思い起こさせます。
隣に展示してあった快慶作の端正な弥勒菩薩(天心が新納忠之介に修復させたもの)も素晴らしかったけど、このふくよかな仏さまもなかなか良かった。

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絵画(主に屏風)では狩野派の作品はもちろん、等伯の”龍虎図”や雲谷等顔の”東坡・潘閬図”も見応えあり。”龍虎図”では、右隻(龍)がフェノロサで、左隻(虎)がビゲローのコレクションなんて書いてあるのを見るのも楽しかった。ワリカンで買ったのかな?なあんて・・・。

でもここは、日経連載中の”等伯”で、生まれたばかりの赤ちゃんとして登場した等伯の息子、長谷川左近の屏風絵を紹介したいです。

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「牧牛・野馬図屏風(左隻部分)」長谷川左近。柔らかな色彩で桜の下で戯れる馬たちを描いています。右隻には牛に乗る牧童たちを、気負いのない自然な筆致で描き(デッサンのよう)、近代的で豊かな感性を感じさせます。左近が慕っていた兄・久蔵と自身の姿を牧童に重ね合わせているようにも思われてなりません。

それから心に残ったのは、狩野山雪の「十雪図屏風(右隻部分)」

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遠くから見るとただ静謐で、まるで定規で惹いたような線描が印象に残るだけで、面白味のないように思えるのですが、(実際立ち止まる人も少なかった)、近寄って単眼鏡でよおく見ると、黒い点に見えたのは兵士の集団であったり、雪道に着いた足跡が行き着く先の雪洞に人が寝そべっていたり、雪下ろしをしていたり、どの場面にも必ず人の営みが描かれているのです。

そして、全部紹介したいほどの簫白の水墨画の数々。いつもながら心を「ガハアーッツ!」と解放してくれる。下は「酔李白屏風図」。これでも地味目の作品ですよ(笑)

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で、やっぱり綺麗だったのが、光琳の「松島図」

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チラシにも出てるし、展覧会グッズもほとんどコレなんで、あまのじゃくのワタシとしては、あんまり言いたくないんだけど、グッズの一筆箋とメモ帳まで買ってしまった![ふらふら]

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「綺麗すぎるやん!」と思いながら、悔しいけど何度見ても飽きが来ないデザインなんですねえ。コレが!
俵屋宗達の松島図屏風に倣って描いたとされています。宗達のそれも初めて見た時、こんな表現(色彩)の岩があるのかとびっくりした覚えがあるけど。。
光琳のこの松島図は、六曲一双の大きな屏風ですが、着物でも蒔絵でも見てみたい意匠。ため息ばかり・・・・。

「どう考えても、一度見ただけではもったいないなあ」、のボストン美術展です。これから名古屋、九州、大阪、と巡回するようなので、もう一回行こうかなあと思案中。

 

 

 


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能のはしご!!!「高砂」青山能楽堂 & 「西王母」観世能楽堂 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

先週は関西に両親の介護帰省。父親の特養入居のための面談が目的でしたが、父親がまた転倒したので滞在を延ばして、くたびれて戻って来ました。

で、次の日お能の舞台チケットを買っていたので出かけましたが、さすがに疲れた[もうやだ~(悲しい顔)][もうやだ~(悲しい顔)]。しかもこの日は”能のはしご!”。午後から”銕仙会”の青山能と、夜は観世会館の”観世研究会”能。たまたま重なったのですが、お能の”はしご”は初めてです。

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この日のシテは二つとも浅見先生。ですが、銕仙会「高砂」は浅見慈一さん、観世研究会「西王母」は浅見重好さん。同じご名字ですがご兄弟でも親戚でもありません。でも、どちらも中堅実力派で、一番油の乗った世代かも知れない。観世流のこれからを支えていかれる方です。

銕仙会・青山の能舞台は本当に何年ぶりのことやら。カルテイエの向かい側。表参道のおしゃれ通りにふさわしくないオバハンが開場を待って行列しました。銕仙会は靴を脱いで入ります。アットホームな雰囲気でいいですね。西村高夫能楽師が軽妙に、ワキ能「高砂」の紹介をなさるのも感じが良い。「高砂の前シテは老人なのに、後シテはなぜか若い住吉明神になってるんですよ。誰も気にしてないんですがね。」と。そう言えばそうだ!浅見慈一師は前シテの尉とうって変わって、颯爽とした神舞を見せてくれました。ワキ能だけの番組というのも珍しいそうです。

そうそう、狂言「末広がり」で、太郎冠者を演じた吉住講さんが印象に残りました。若い方で将来が楽しみ。国立の研修生で狂言師になられたのではないかしら?だとすると、ますます応援したくなる。

とはいいつつ、お目出度いはずの「高砂」の”老夫婦・尉と姥(じょうとんば)”を見て、”老々認々介護”の両親のことを思うと、「夫婦で長生きして、ホンマに幸せやろうか?」と複雑な心境で、なかなか能舞台に集中出来ない。

実はもう一つ集中出来なかった理由がありました。凛としたたたずまいの笛方の寺井宏明さんのこと。実は女性だと思い込んで活躍を心の中で応援してた。大間違いでした。穴があったら入りたい。ごめんなさい、です。[ふらふら] (でもこれからも応援します)

青山から渋谷の観世能楽堂に走りました。何とか開演に間に合い「西王母」と狂言「鬼瓦」それからお仕舞三番を観たけど、これが限界!夕飯も食べ損ねたし、もうヘトヘト。残念ながら関根知孝師の「鉢木」はパス。

やっぱり、体力気力とも充実してないと、”はしご”は無理。太閤さんの頃は、何番も何番も日がな一日”能狂言”を演じていたらしいけど、きっとその頃はみんなお弁当食べたりお酒も飲みながら観てたんやろな。。。。なんて思いながら帰りました。


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「東洋陶磁の美」サントリー美術館 & 「能楽研鑽会」国立能楽堂 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

はやく行かないと終わってしまう、ずっと気にかかっていたサントリー「東洋陶磁の美」。月曜日能楽堂へ行く前に、時間を取って出かけました。

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今更言うまでもない、「安宅コレクション!」 熱烈フアンを自称するワタクシ。このブログでも何度ご紹介したことか!世界最高の東洋陶磁コレクションです。何度見ても、何度見ても、見過ぎるということはゼッタイありません。

「東京までよく来たね。」なんて思いながら、(チラシの)飛青磁をはじめ、大好きな北宋青磁や高麗青磁、窯変&木の葉天目などを見てまわりました(ほとんど保護者の気分)

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大阪の東洋陶磁美術館に行くと、まさに”美”に酔い、安宅さんの”審美眼”に圧倒されてばかりなんですが、サントリーの展示は、中国・朝鮮の陶磁器の創られた時代や日本に入ってきた時代背景などを丁寧に説明し、作品も年代順に展示してあります。頭の中を整理できて勉強させてもらいました。展示の方法によって印象がこうも変わるのかとも思いました。
高麗青磁のフロアー(3F・階段下)が良かったなあ!ホントに何度も見てるけど、また改めて”鶴首瓶”に感激。単眼鏡でしげしげと眺めて、器肌の美しさに惚れ惚れした!

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夕方から国立能楽堂へ。サントリーで時間を使ってしまい、開演時間ぎりぎりに駆け込みました。「能楽研鑽会」のチケットが当たったので、これで今月2度目の観能です。以前は入場フリーだったのですが、去年からだったか、一人一枚の抽選になって、当たらない場合もあります。フアンが増えたのか?団塊世代のリタイア組が増えたためか?(多分、後者だと思う。)

「能楽研鑽会」は言葉通り、能楽堂で養成している能狂言・囃子方の研修生や研究生、修了者達の研鑽ぶりを一般に披露し、励みにしようという趣旨のお舞台です。ワタシも若手で頑張っている人達を応援したいと思って通っています。各流派それぞれに演目を出します。金春流の舞囃子「野守」は、シテも地謡も女性だったので、どんなのかしらと思って期待してたんですが、謡が聞き取りにくかった。「”野守”は女性にはしんどいかも・・」というのがワタシと、(偶然出会った)友人との感想です。

能「巴」まで観れば良かったのですが、あまりにお腹が空いたので途中で失礼しました。実はこの日、ランチを食べ損ねたワタシです。[ふらふら]

 


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「おきなわ芸能の今 そしてこれから 組踊”十六夜朝顔”と創作舞踊 」 国立小劇場 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

琉球舞踊の東京国立劇場公演は、年に一度で一日だけの公演ですが、私が観るのは今回で三度目。

3月10日の夜小劇場での公演でしたが、お隣の大劇場では翌11日に”東日本大震災の追悼式”が催されるので、その準備におおわらわの様子。周辺にはトラックや大型車が所狭しと止まっていて、テントやら立て札やら布団(?)などがそこかしこに、歩く場所もないほど。関係者は黒のリボンを付けて準備に当たっておられました。大劇場は歌舞伎公演をやっているので、時間の制約もあったのでしょう。皆さん徹夜だったのではと思います。

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私が初めて正式な琉球舞踊、特に”組踊”を観たのはNY在住の時。国連本部のすぐそばにある”ジャパンソサエテイ”での公演でした。それ以来ちょっとはまってしまって、機会があれば逃さず観たいと思ってます。以前沖縄に行った時も、浦添市の国立劇場に寄りたかったのだけれど時間があわずあきらめたことがあります。

舞踊ももちろん綺麗ですが、地謡とよばれる”歌”と”三線”、”胡弓”や”箏”や”笛”の音色、”太鼓”のリズムや哀愁を帯びた独特のメロデイに身を浸していると、心が共鳴して震える気がします。

演じられる創作舞踊は、沖縄戦後に生まれたものだそうで、なんと800曲以上あるそうです。(冊封使をもてなすために生まれた)宮廷舞踊や、もともとの伝統的な民衆舞踊を取り入れて、戦後の舞踊(実演)家たちが幾多の作品を創ってこられたのでしょう。

琉球舞踊もいろんな流派があるみたいです。当然ながら、東京公演には各派の実力者を選りすぐっているのだと思いますが、非常にレベルの高い舞踊で、洗練された身体の動きと群舞の美しさに感心しました。なかでも舞踊劇の「与那国旅情」が素敵でした。
ただ、どんなテーマでも(たとえば庶民的な題材でも、エイサーのようなかけ声をかけながらも、)舞台の上ではエネルギーをすべて内に込めるような印象があり、あまりにも綺麗すぎて「これはなぜだろうか?」と不思議な気もしました。

今回は新作の”組踊”が目玉。若手の脚本・演出家の嘉数道彦さん(ホントに若かった!)が、舞台で自作の解説をしてくれました。彼によると、今は国立の沖縄劇場もでき、若手舞踊家の養成も盛んで、演者の環境は整ってきたそうですが、(沖縄での)鑑賞者が減ってきて、若い人達にも伝統芸能への関心を持ってもらえる努力が必要になっているとのこと。古典のテーマやテンポだけでは新しい観客を惹き付けることができない。新作の”組踊”がこれからのきっかけになればうれしいとの話でした。

”組踊”の舞台は、奥に紅型の幕一枚を張っただけ(能の鏡板と同じ)で、すべては演者と観客との想像力にゆだねられます。以前に観た”組踊”「二童敵討」は、確かにほとんど動きがなく、観るものにとってもある種の覚悟が要求され、本質的に”能”と同じ演劇だなあと思ったのを覚えています。

<先達から受け継がれてきた伝統の心を生きた芸能として感じて欲しい>というのが嘉数さんの強い願いです。その思いは、沖縄の”組踊”だけでなく、”能”の世界でも、”文楽”の世界でも、あるいはNYでよく言われていた”オペラ”の世界でも、共通しているのかも知れません。

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上は来月沖縄の劇場で行われるチラシですが、今回の演目も演者も全く同じです。新作の”十六夜朝顔”は嘉数さんの思惑どおり、とてもわかりやすく見応えがありました。テーマは親子の情愛、動きもセリフも活発で、初めて”組踊”を観る人でも入りやすいだろうなと納得しました。

出演者はすべて男性です。”踊奉行・玉城朝薫”が創作した冊封使饗応のための”宮廷組踊”も男性だったのでしょうね。
川満香多さんが主役の虎千代をりりしく熱演。舞台を大きく使って身体のさばきが颯爽として好感が持てます。特に印象に残ったのは、病気の母親役の新垣悟さん。女形の立居振る舞いが素晴らしく優雅です。この役は心情をわずかな身体の傾きだけで表現しなければなりません。やり過ぎるとあざとくなり、難しいんじゃないかと感じましたが、余韻を残して見事でした。

みんな、これからの沖縄芸能を引っ張っていってくれる若い人たちです![ひらめき][ひらめき][ひらめき]

 


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藤波能の会 「清経 小鍛治 ほか」 観世能楽堂 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

今月は観能予定が5回入ってます。一カ月に5度もお能に行くか、と自分でも思いつつ、偶々いろいろ重なって。。 まず”藤波会”の演能が最初です。

能は「清経」と「小鍛治」。狂言が「文蔵」。仕舞が「嵐山」と「網の段」の2番。私は”藤波会”の先生方が好きなので、可能な限りは足を運ぶようにしています。

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(上は参考写真です)

「清経」のシテ金子聡哉さんと、ワキ村瀬提さん、ツレの大槻崇光さん、どなたも初めて拝見。若い村瀬さんが緊張しながらも(謡も所作も)とにかく正確に勤めようと一所懸命なのが印象的。これからどんどん成長してねと応援したくなる。

能の演目では、”源氏物語”や”平家物語”から題材を取ったものが多いのですが、今年は大河ドラマで”平清盛”をやっているせいか、(能に限らず先日の歌舞伎”忠度”もそうだったけど)平家の武将を取り上げる公演が増えているように思います。
「清経」も平家物語に依る世阿弥の作。平家一門の行く末もこれまでと入水して果てた平清経の亡霊と、残された妻との交感が主題です。

 

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(上は参考写真です)

「小鍛治」はシテ方が、藤波重彦さん。ワキが福王和幸さんで、若々しくて歯切れが良く品格のある舞台でした。福王さんは(ワキ方の中でも)飛び抜けて背が高くて大きな方。中入り後、舞台正面に据え付けられた一畳畳の上で、後シテと2人で刀を鍛える所作では、「狭くてはみ出ないかしらん?」とひそかに案じてました。

能の舞台や作物は昔からずっと変わってないはずなので、体格の良くなった現代人ではどうなのかしらとオバハンは時々思います。でも「伝統芸能はそんな”ちゃっちい”ものじゃないぜ」と思わせてくれるお二人の息のあった演能でした。[ひらめき][ひらめき]

ワキ(刀鍛冶・宗近)が、半幕の中のシテ(霊狐)の<気>を感じて、キッと振り向く姿の美しいこと!それに答えるシテの藤波さんの動きの軽やかさと品格はまた格別でした!藤波さんのお舞台は観る度に新しい発見があって楽しみ。藤波会の先生方の謡はもとより定評がありますが、今回のシテは力強さが加わって素晴らしいものでした。「綺麗なお能でしたねえ!」とどなたかの嘆息が聞こえていましたが本当にその通り!

この日の面は”小飛出”。おとなしめの容貌で好感が持てました。(やっぱり三井の能面展を見ておいて良かった!)

 


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国立劇場3月歌舞伎公演 「一谷嫩軍記」 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

三月に入ってもまだ寒い日が続きますね。国立劇場に出かけた日もみぞれかと思うほどの冷たい雨が降っていましたが、団十郎さんの熱演にうたれて、帰りは満足感で心が暖かくなってました。

”歌舞伎を彩る作者たち”のシリーズ第5弾は、並木宗輔作「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」。近松に次ぐ義太夫狂言の作者と言われている人で、江戸初期近松のすぐ後の時代に人形浄瑠璃の全盛期を築きました。若いときは僧侶だったそうです。

浄瑠璃作者から歌舞伎作者へ、再び浄瑠璃に戻り竹田出雲らと共に「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」などの名作を手がけました。”熊谷陣屋”でもおなじみのこの「嫩軍記」は宗輔が三段目まで書き上げて病没し絶筆となりました。後段は補筆され現在まで繰り返し上演される人気狂言となっています。

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今回の一座を率いる座頭は市川團十郎さん。そこに板東三津五郎さんや中村魁春さんが加わり華をそえるといった布陣です。

筋立ては平家物語の「忠度都落」「忠度最期」「敦盛最期」に依ったもので、<岡部六弥太と薩摩守(平)忠度>、<熊谷次郎直実と平敦盛>という二組の源平の武将の間に交わされた情実のドラマを描いたものです。”嫩(ふたば)”という意味は、二つのエピソードがどちらも義経の命に端を発するという意味らしいです。

(写真前方)熊谷直実と薩摩守忠度に扮するのが団十郎さん、義経(チラシ上の写真)と六弥太に扮するのが三津五郎さん。今回国立ではお芝居の発端となる義経中心の”堀川御所”の序幕を98年ぶりに復活させました。そして2幕目、忠度が主人公の”流しの枝”は37年ぶりの上演で最終幕の”熊谷陣屋”につなげていきます。

見る人にお芝居の流れとテーマがわかりやすく示されるわけで、従来の歌舞伎フアンだけでなく、初めて見る人にも親切な”通し”の場割りが国立ならではの真骨頂と言えますね。

法然展で蓮生法師(直実)の直筆を見て、謡”敦盛”でおワキの蓮生をやらせてもらったり、このところなぜか直実づいてる(?)ワタシ、またもや歌舞伎で直実さんにお会いしました。
その上、近々発表会で先輩が”忠度”のおシテをなさるので、地謡の末席に座らせてもらうことになってまして、団十郎さんの”忠度”もしっかり観なくちゃとリキが入ります。幕開けはその”謡”で始まったので、すごくうれしかったナ。(お稽古はサボってるけど[ふらふら]

忠度は清盛の末弟、藤原俊成を師として多くの秀歌を残し、平家では文武両道に優れた大将として描かれています。2幕目の”流しの枝”は、よみ人知らずとして”千載集”に載っている忠度の和歌 <さざ波や しがのみやこはあれにしを 昔ながらのやまざくらかな> にまつわるエピソード。万葉集の柿本人麻呂の本歌取りです。忠度が俊成に自分の和歌100首を託し、西国の戦へ落ちていくという「忠度都落」の段から作られています。

で、この歌枕、さざ波の”しがのみやこ”(大津京跡)はまさしく連れ合いの故郷。長等山(三井寺)の桜は、通い詰めた(大津日赤の)姑の病室からでも見えました。ジモテイとしてはこそばゆいようなうれしいような。。。でも歌碑が長等神社にあるのは知らなかった。([もうやだ~(悲しい顔)]

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さて、だいたいどのお芝居でも義経役はあんまり動かないで、気品と存在感を示さなければならない大事なキーパーソン。三津五郎さんの義経は声も良く文句のつけようがありません・・・・・・が、三津五郎さんフアンとしては、ちょっぴり、さ・み・し・い。「もっと動いて、三津五郎さん!」と思ってしまった。この方は舞踊の名手、素晴らしい身のこなしと流れるような動き、歯切れの良い粋なセリフが魅力なんです。(わがままなフアン)
ご本人が書いておられて、目からウロコだったのは、この芝居が珍しく
義経の絶頂期を描いているという点。多くは牛若丸時代か頼朝に追われていく悲劇なのに、です。役者さんが腹にそれを含んで演じているのだなあと感心。

団十郎さんの舞台はお元気になられてから初めて拝見。やはり”熊谷陣屋”が一番良かった。団十郎さんの声は通りにくいねえと感じていたんですが、腹の底から響いて来るような重厚なセリフにしびれました。「声が・・」なんて言っていたのが申し訳ない。大病をされたとは信じられないほど立派なお舞台でした。

この人は大立廻りや所作やセリフどれをとっても正統派。身体に歌舞伎がしみ込んでいる。歌舞伎役者一筋に勤めて来られた意味はあるなと感じます。特に肚芸で見せる「ニン」の芝居に見応えがありました。”熊谷”には<団十郎型>と<芝翫型>があるそうで、もちろん<団十郎型>での演出。「成田屋」の看板は本当に重いのだろう!

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上の絵はプログラムの表紙絵の直実。”一の谷の合戦”で海に逃れる敦盛を呼び返す場面です。(永青文庫所蔵の”宇治川・一の谷合戦図屏風”の左隻部分)

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呼ばれて振り向くのは平家の公達16歳の敦盛です。戻っていき直実に組み敷かれます。直実は、わが子のような若武者を一時は逃そうとしますが、味方が駆けつけたためやむなく首を伐ちます。そして若武者が差していた錦の袋の笛を見つけ、「敵の陣中から漏れ出た音色はさてはこの若者であったか!」と胸を打たれる場面。この時の無常観が後の直実出家に繋がります。あまりにも有名なこの話は、信長が<人生五十年 下天は夢か幻か・・・>と舞った(幸若舞の)文句にも、”青葉の笛”という戦前の唱歌にも歌われてます。

役者さんの話に戻りますが、女形の大役”相模”(直実の妻)を演じた中村魁春さんがますます円熟味を出して熱演。首実検の場で、敦盛ではなくわが子とわかり、首を抱いての母親のクドキは、ポロポロ涙が出て止まりませんでした。女形の重鎮がお亡くなりになる中で、責任の重い立場になられるのでしょうが、どのお役でもまじめに勤められる一途さが伝わってきます

出番は少ないけど見せ場の多い得な役どころの”弥陀六”と”太五平”を演じた板東彌十郎さんがとても良かった。実力派です。「脇がかたいと芝居がしまる」のを実感。

”陣屋”は床を上げた本格的な義太夫節の語りで進められます。浄瑠璃と(セリフの際には)幕内の囃子が代わる代わるに場を盛り上げ、贅沢な舞台を堪能しました。

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歌舞伎を彩る作者たちのシリーズには、昨年10月から<曲亭馬琴><近松><真山青果><河竹黙阿弥><並木宗輔>と5回続けて足を運びました。(来月は仁左衛門さんで<鶴屋南北>ですがこれは去年観たのでパス。)

今まで、歌舞伎作者のことは頭になかったのですごく啓発されたし面白かった!ほとんど浄瑠璃作者と重なってますから、何となくわかったようなつもりではあったのだけど、それはマチガイでした。作者の個性と役者さんの個性がぶつかって、十八番が生まれたり得手不得手ができたりするんだろうなと感じます。自分の好みも再認識したし、役者さんの世代交代も目の当たりにできた。国立劇場に拍手[ひらめき][ひらめき] また面白い企画をお願いします。[手(チョキ)]


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2月に読んだ本 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

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* 麗しき花実  乙川優三郎

* 深淵 (上・下)  大西巨人

* 幻日  市川森一

* 蝶々さん (上・下) 市川森一

* 松林図屏風   萩 耿介

* 「茶の湯 入門」 ~織部と利休~


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よく遊び・・・・最後は「ハッピー・バースデイ!」 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

一週間の最後は、「[ぴかぴか(新しい)]ハッピー・バースデイ![プレゼント][ぴかぴか(新しい)]」 「誰の?」 もちろん、ワタシです!!

息子夫婦や連れ合いからのプレゼント。海外出張中の息子からもメールがきました。ホントにありがとう。(うれし泣き[もうやだ~(悲しい顔)]

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で、生協の保険担当からは、「来年で満期になると、次につなぐ保険が難しいので、今のうちに変更なさった方がいいです」と親切なアドバイスをいただきました。要するに来年以降はスッと保険に”入れん年齢”になった、というこっちゃな。(感慨深いものがあります!)


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よく遊び・・・5)舞楽公演「蘇合香 納曽利 仁和楽」 国立劇場 [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

さて、国立劇場の舞楽公演。宮内庁式部職楽部の公演です。

ほとんど演じられることのなかった伝説的な大曲の「蘇合香(そこう)」。二年かけてその全曲を上演するという意欲的な試みです。一年前にその前編”序”の部分を観たので、今年は残りの”破””急”を観るのを楽しみにしてました。

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と、わかったようなことを言いながら、実は去年は途中でうつらうつら居眠りをしてしまったワタシです。でも今回はしっかり最後まで目をあけて鑑賞。”序”に比べて”破”と”急”の部分はテンポが複雑で動きが多くて面白かったし、舞楽を観るのに<慣れた>のかもネ。[手(チョキ)]

舞人が頭にかぶるのは、この曲専用の”菖蒲甲”といわれ、蘇合香の葉を形取ったもの。「古代インドのアシュカ王が病になった時、蘇合香の葉を飲んで治ったのを喜び、この曲を作らせた、草の葉を甲にして舞うと殿中に馥郁たる香りが広がった。」という伝説があるそうです。アショカ王?紀元前の人?むかし、むか~しの、大昔のお話デス。

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大陸の方から伝わった舞楽を”唐楽”といい、朝鮮半島から伝わった舞楽を”高麗楽”というそうです。”蘇合香”は唐楽の中で最も重厚華麗で長大な曲だそうです。(本当になが~い曲。2回に分けてくれて良かった!)

舞台左右に見える太鼓は、向かって左側が”唐楽”に使い、右側は”高麗楽”に使います。舞人も”唐楽”は左から出入りし、”高麗楽”は右から出入りします。この曲は桓武天皇の時に唐から伝わったとされていますが、聖徳太子(飛鳥時代)の昔からずっと、舞も楽曲も作法も、ほとんど変わらず現在まで伝わり、それを観てるんだなあと思うと、ちょっと感激します。

この日、舞人が登場すると、客席にかすかなお香のかおりが漂ってきました。「えっ、これが蘇合香?」と思いながら心憎い演出に心の中で拍手。[ひらめき]
(あとで隣の席の人に聞いたら、自分は匂いがわからなかったとおっしゃってましたが。)

去年のブログでも同じことを書きましたが、今回もやはりすごいなと感心しました。舞人は生半可な体力ではダメですね。<舞は見た目は優雅、演じてる人は体力勝負> 例えていうなら”シンクロナイズスイミング”。下半身が強くないとゼッタイ舞うことが出来ません。ゆったりした動きと静止状態を保つことは至難のワザ。源氏物語を引き合いに出すまでもないけど、舞人に選ばれるのは光栄だったようですが、「当時の貴族もなまっちょろいだけではアカンかったやろ」と思えてくる。

隣の席の方は、「雅楽を生で聴きたいと思って来ました」とおっしゃっていました。「空気の振動が直に伝わってくるような太鼓の音を聴けただけでも満足です」と。なるほど。いろんな鑑賞の仕方があるなあとこれまた納得。

さっき”そのまま伝わり”と書いたけど、”蘇合香”のように長い間演奏の機会がなかった曲(舞も)を、復元させて演じるのは並大抵のことではないでしょうね。前の演者の遺稿をひもといたり研究を重ねて試行錯誤されたのでしょう。

舞楽に限らず”伝統”すべてに言えることだけど、”伝わって来た”のではなく、それぞれの時代の人々の努力で”伝えて来た”というのが正しいんですね。
なかなか観る機会がない舞楽ですが、国立では年に一度(一日だけ)くらいはやってます。興味のある方はぜひ一度ご覧になってください。

 


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よく遊び・・・4)クリステイーズ下見会  [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

週末は国立劇場の雅楽公演へ。でもその前に・・・・・銀座のクリステイーズ東京へオークションの下見会に立ち寄りました。

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久々の(このところ久々ばかりなんだけど)クリステーズ下見会。3月21日にNYで開かれる日本・韓国美術のオークションに先立って、東京でプレビュー(下見会)が行われました。もちろん全部ではなく、”洛中洛外図屏風”など目玉となる数点のみ展示されます。

前回、狩野内膳の”南蛮図屏風”を見損ねたので、「今回は是非行かねば!」と思ってました。もともと、日本美術に関心を持ったのはNYのクリステイーズがきっかけ。春秋2回開かれる日本美術のオークションで”師匠”と出会っていろいろ教えてもらったのが面白くて、はまりました。

その”師匠”がギャラリートーク。あいかわらずの博識と、人をそらさない軽妙な語りで、”乾山の香炉”や、”池田家の鎧甲”、桃山時代の”洛中洛外の屏風”を絵解きしてくれ楽しい時間でした。”師匠”と出会ったのも久方ぶり。またNYのオークションに行きたいなあ。ホントに困ったなあ。行きたいところばかりで・・・・。

一番面白かったのは、桃山の”洛中洛外図屏風”。人物画が女性中心なんですね。絵師は町絵師集団だという話。金や盛り上げがふんだんに使用された贅沢な屏風。注文主は財力と権力を持った女性ではないか。

豊臣ゆかりの建物<伏見城や方広寺など>がめちゃデカイ!左隻の右下には西本願寺の”飛雲閣”そっくりの”櫓”が! 思わず「聚楽第じゃないの?」と師匠に聞きました。
屏風の中心になるこの建物は専門家の間でも「二条城だ、聚楽第だ、内裏だ」と意見が分かれてるそうです。”櫓”の中には高貴な姫君の姿。この姫が多分注文主だろうという推測です。とすれば、時代から考えて浅井三姉妹にゆかりある姫か?なんて想像が広がって、師匠もワタシも「ワクワクしますねえ」と。

400年の変遷を経て今は”京樽”所蔵のこの屏風、次はどなたの手に移るんでしょう。ワタシ的にはどこかの美術館が買ってくれて公開してくれたら一番うれしいけど。以前に出た”洛中洛外図屏風”は、アメリカのIT長者が買ったそうです。日本のIT長者も買ってくれないかなあ。

 


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2)「世界らん展日本大賞」 東京ドーム 3)「祝福のうつわ」戸栗美術館     [日記 美術館 犬 ニューヨーク 観劇]

「よく遊び、よく遊びの一週間」 前回の続きです。

水曜日は”謡と仕舞”のお稽古の日で、木曜日は友人を誘って東京ドームへ。
NY時代に仲良くしてもらった私の貴重な”年下”の友人、彼女はNYから帰国後、インドネシアに行っていて去年東京に戻って来ました。数年ぶりの再会にもかかわらず、おしゃべりを始めると昨日NYで別れたばかりのような気がする。

「世界らん展」というチケットをもらったので、<らん=インドネシア(かな?)>という安易な発想で前日声をかけたのだけれど、同行してくれてとてもうれしかった。

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インドネシアのお土産ももらったし、地図や写真を見せてくれ、現地の話もいっぱい聞かせてくれた。ジャカルタの博物館でボランテイアガイドをしていたとかで、インドネシアの歴史や産業、文化すべてにめちゃめちゃ詳しい。私もすっかり”にわかインドネシアかぶれ”に。[手(チョキ)]

それはさておき、とりあえず”らん”を見ようと東京ドームに行ったのですが、すごい人の数でびっくり!愛好家が多いのかなあ。(高齢者も多い) 

”らん”のことはな~んも”しらん”ワタシ。でもパンフレットには、「ランの宝石箱~ボルネオ~」と書いてあったので、(オッ、やっぱりインドネシアや)と胸をなで下ろす。(?)

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ドームの上からみた会場。空いてる椅子には座れません。なぜか客席でお弁当を食べてる人もいた。もちろん、会場の花はすべて”らん”。(ゴメン。胡蝶蘭とシンビジウムくらいしかわからん)

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でも”香り”が・・・・・・ない。花*花*花に囲まれてるのにちょと不思議?

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華やかなデコレーションの”らんの回廊”。花と鼻を合わせても香りがないのが物足りない。

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これが個別審査部門で日本大賞になった花。

下は和蘭の”エビネ”。これはほのかな香りがした。フレグランス部門に出てました。華やかな洋蘭に比べると和蘭は地味だけど、清楚で気品があって好感度NO1。

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笹竹のような茎を持った”らん”。強い生命力を感じさせる。なかなか良かった。

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多種多様のランを集めたフラワーデザインのコーナーもあったけど印象に残らない。やはり一株ずつ見る方がいいみたい。

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デンマークのフラワーアーテイスト、バーグマンさんのインテリアデザインがとても素敵。なるほど、こんな風にテーブル・ディスプレイをするのか。

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らん展は9日間だけ。花の見ごろを保つのは大変なんだろうな。珍品種の展示場は大人気で長蛇の列でした。ワタシには”ネコに小判”やなあ。

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東京ドームのレストランでお昼を食べてから、渋谷の松濤「戸栗美術館」へ。館蔵の鍋島と伊万里を中心に「祝福のうつわ展」を開催中です。

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戸栗の”鍋島展”には何度も足を運び、何度もブログで書いてるのだけれど、いつ見ても何度見ても飽きない。意匠のすばらしさなのかなあ!色のすばらしさなのかなあ!余白の美しさなのかなあ!
人を惹き付けるこの美はいったい何だろう?と思ってしまう。極度の緊張感で造られた”藩窯”のすごみというものかしら。
友人に「伊万里の”大川内山藩窯跡”をぜひ訪ねるといいよ。」といつもながらのお節介をしてしまった。[わーい(嬉しい顔)]

BUNKAMURAのカフェで、インドネシアの話の続きを聞いて大満足。「バリ島はぜひ行ってね」と今度は彼女から勧められました。「行く行く、行きたい!」

 

 

 


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