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5月に読んだ本 [読んだ本]

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* 日本画とは何だったのか 古田 亮


* バテレンの世紀 渡辺京二


* 乱世をゆけ 佐々木功


* 金正恩 五味洋治


* それまでの明日 原 寮


* いちばんハッピーな妊娠・出産BOOK


* すごいトシヨリBOOK 池内 紀


* ビジネス大変身! 藤吉雅春



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国立小劇場文楽5月 五代目吉田玉助襲名披露「本朝二十四孝」「義経千本桜」 [美術館 観劇]

5月の(東京)文楽は(人形遣いの)五代目吉田玉助襲名披露公演です。


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”吉田幸助”から(立役の名人だった祖父の名前)”玉助”への襲名。主だった人形遣いがずらりと並ぶ舞台口上に続いて、披露の演目は(上の写真)「二十四孝三段目・勘助住家」の横蔵(兄・後の山本勘助)です。


ロビーでご贔屓に挨拶されていた玉助さんは見上げるほどの大柄な方。大立役の遣い手にはもってこいの体躯です。慈悲蔵(弟)を遣う玉男さんと並んでもひけをとらぬ大きさで横蔵を熱演!これまで一手に立役を引き受けてた玉男さんもヤレヤレと思ってるんではないかしら。(それとも闘志を燃やしてる?)


下のパンフの写真は主役の兄弟。下が横蔵(兄)で上が慈悲蔵(弟)です。人形の”かしら”が似てるけど、横蔵は”文七”で慈悲蔵は”検非違使”です。


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このところ襲名披露が続いて、文楽は世代交代が凄まじく進んでるなあと実感。

それでも人形遣いは”簑助”さんが頑張って睨みをきかせておられ、口上でも玉男さん、和生さん、勘十郎さんが挨拶されて層の厚みを見せてくれたけど、浄瑠璃の太夫は重鎮のみならず中堅どころも次々にいなくなってこの日は文字久太夫さんも休演。ベテランの咲太夫さんもお痩せになって声が出ていなかったから心配でした。


まだ若手だと思っていた太夫さんが切場を語っていましたね。鶴澤清治さんの太棹に乗せた"呂勢太夫”さん、寛治さんの棹での”織太夫”さんがなかなか熱演だったので、ピンチをチャンスにしてこうした若手がどんどん成長していくしかないんだなと感じたことでした。(時間はかかるけど・・・・。)正直、住太夫さんがいなくなってからワタシの文楽熱も冷めかけてはいますけど、文楽を応援するためにはできる限り公演に足を運ばなくちゃ。


この日は襲名披露の祝祭気分が満席の観客席までいつもと違うざわめきを生んでいました。文楽初心者が多かった、関係者も多かったのではと思います。こうしたきっかけで文楽フアンが増えるんだったら何より。

名跡を継ぐと役者さんが変わると言われていますが、舞台を見続けていると本当だなあと思いますね。御本人に覚悟ができるんでしょうね。また”幸助さん”だと思って観るのと”玉助さん”だと思ってみるのとでは、自分の眼差しも変わっているなと思いました。


さて「二十四孝」のお芝居は(通の方なら先刻ご承知でしょうが)ワタシは初めての三段目。「二十四孝」と聞くとすぐ四段目の”八重垣姫”を思い浮かべてしますけど、この三段目は”筍”ともよばれていて四段目と同様によく演じられる場だそうです。


玉助さんの祖父や父も荒くれの”横蔵”を得意になさっていたそうですが、近松半二のこの作品は入り込んでいて、この段だけ見ても、筋がつかめないし、誰が誰だかややこしくてなかなかついていけない。初心者が楽しむにはシンドイ演目(疲れたと言ってる人が多かった)


でも、玉男さんの慈悲蔵の他に、兄弟の母(老婆)に勘十郎さん、お種(弟の嫁)に和生さんと、新玉助さんに花を添える豪華脇役陣で、緊張感ある舞台を楽しませてもらいました。


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母(老婆)とお種(慈悲蔵女房)


(余談ながら、老婆の台詞に「七十に余って愚鈍にはなったけれど・・・」というのがあって、ワタシも立派な”老婆”やなあ・・とナットクしたことでした)


「義経千本桜」は櫻満開の吉野山の道行。ご祝儀にふさわしい華やかな舞台。何度見ても退屈しない。勘十郎さんの”狐忠信”も堪能いたしました。下手の前の方の席だったので嫌だなあと思ってたら忠信が目の前。勘十郎さんの表情までよく見える。特等席でした!

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立山・黒部アルペンルート(2) [旅行]

「立山黒部アルペンルート」とか「雪の大谷ウオーク」とか字面では知っていても、実際に現地に行ってみるまで、どんな場所かもまったく理解していなかったワタシ。「雪の壁が開通した!」とか毎年ニュースでやってますよね。だからツアーに入れば、観光バスで雪の壁まで連れて行ってくれるものとばかり思ってた。ところが・・大間違い[ちっ(怒った顔)] 


要するにアルペンルートってのは、北アルプス(立山連峰)を東西に貫く山岳ルートのこと。昔は登山者でないと行けなかった秘境を、黒四ダムの建設のために造られたトロリーバスやゴンドラを使って一般人にも開放。今や世界的に有名な”山岳観光ルート”になってるんですね。畢竟、歩いて登るのイヤな人はゴンドラやケーブルカーを乗り継がなくちゃイケナイわけ。


その乗り継ぎを按配してくれるのが、ツアー会社のお仕事だということが、現地に行ってから判明した[ふらふら]。7つの乗り物ってのはおおげさでもなんでなくて必要不可欠なんですよ!


事前に添乗員さんがイラストを見せて説明してくれたけど「なんのこっちゃ?」とイマイチわからん[ふらふら]。どこにトイレがあるのかもわからん。(オウンリスクで行動してくださいってか。)
山は寒いと聞いてたので着るものをどうしようかとそっちばかり気になってた。(結果的にこの日の下界は夏日、雪の上も13度の暑い日で、汗かいた)


ケーブルカーやらロープウエイやらは人の輸送には全く適さない乗りものだとつくづくわかった。狭いし遅いしギュウギュウ詰め([もうやだ~(悲しい顔)])。個人で乗り継ごうとしたらどんだけ大変か!ま、険しい山岳地帯へ資材を運ぶために建設されたわけだから文句はいえませんよね。


*長野県側(扇沢)~出発して黒部ダムを経由、立山まで(右から左に)上り、

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*頂点の立山~富山県側に(右から左へ)降りる。イラストでは乗り物も描かれてます。

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*上高地なんかと同じく、一般車両は規制があって扇沢駅と立山駅までしか入れないようになってますから、ワタシ達のツアーバスも扇沢駅まで送ってくれて立山駅に迎えに来てくれます。


*上のコースの逆(富山~長野へ。左から右へ向かう)もアリかなと後から思いましたが、観光客の多くはワタシたちと同じく長野~富山側に抜けてるみたいデス。


ベテランの添乗員さんはワタシ達に細かい指示は一切しないで、乗り継ぎ毎にチケット売り場に走ってた。”無駄なく&乗り遅れなく”がモットー。(これが大正解だった!)


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時系列に(イラスト通り)紹介します。


<白馬~扇沢へ>


ホテル出発7時すぎ。白馬八方にお別れして・・


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大町経由でトロリーバス乗り場の扇沢駅へ。

田植えが終わったばかりの水をはった田圃に映る北アルプスの山々。この時期だけ見られる風物詩で地元では「夏も近いなあ!」って思うんでしょうね。


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上高地の景色とどこか似てます。


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<扇沢~黒四ダムへ(トロリーバス)>


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みんなで待とう、トロリーバス。


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やっと出発。約15分(赤沢岳を貫通する)トンネルの中を走る。だから排気ガスのでない”トロリーバス”なんです。


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「足に自信のある方は黒部に着いたらすぐ右手の展望台へ220段の階段をあがってください」と言われ迷わず(?)挑戦。「途中に水のみ場もありますから」って。


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展望台へ到着。思わず「オオツ-!」って叫んだ。


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冠雪の立山連峰が一望できます。


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眼下には黒四ダム、


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6月以降はダム湖(黒部湖)に遊覧船が出て、ダムからの観光放水も始まるそうですが、まだ5月だから準備中。


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眼前にはそびえ立つ立山連峰。(これからあそこまで登るのだ)


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頂上をズームアップ。山頂の高さは3015メートルだそうです。


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ダム工事の遺産(?)も残ってる。コンクリートを入れて沈めたカゴ(?)


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ダムの上からのぞいてみた。高さは200メートル近くあるそうです。(前回のブログで紹介したとおり)多くの犠牲者を出しながら7年間で完成した大プロジェクトの黒四ダム。付け加えると発電所はダム湖からさらに下流の地下に建設されているので見えません。今後250年はもつと言われているそうです。


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働くオジサン達。


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<黒部ダム~黒部平へ(ケーブルカー)>


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5分ほどで黒部平に着くけどラッシュ時の山手線なみに詰め込まれる。添乗員さんがワタシのお尻を押しながら「ゼッタイ乗ってくださあ~い!」と叫んでた。


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”黒部平”で降りて次のロープウエイを待つ。

団体客が何組もいて狭いところにひしめきあってる。(平日でこれだから休日ならどうなるんだろうと恐ろしい!)山頂が近くにせまってきた。


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ここからロープウエイで(向かいに見えてる)”大観峰”まで登ります。スキーの跡がいっぱいついてる。こんな急斜面でも山スキーをする人がいるんだ!


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<黒部平~大観峰(ロープウエイ)>

 

ロープウエイはゆっくりゆっくり。駅が見えてるけど数分間かかる。(当然、ツアー客全員が押し込められる)黒部湖(ダム湖)が眼下に。


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”大観峰”に到着。


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目前の峰が「佐々成政が冬越えして家康の同盟を求めに行った山ですよ」と添乗員さん。山越えで100人の家来の半分を死なせたそうです。でも家康は応じなかったと。(そういえば佐々成政って越中の領主だったはず。秀吉キライなだけで動いてた人なのね)


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<大観峰~室堂へ(トロリーバス)>


旅のハイライト!いよいよ”雪の大谷ウオーク”へ。立山を貫通するトンネルの中をトロリーバスで走り抜けます。立山の直下を走ってるわけ。(約10分ほど)


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”室堂”というターミナルが”雪の大谷ウオーク”の起点(だったことも知らなかったワタシ)。駅の構内はどこを見ても人だらけ。「ここはどこ?ワタシはだれ?」状態でカメラを出すのも忘れた。


やっと外に出たら・・・拍子ぬけ。「ホントに雪山に来たの?なんか普通の観光地っぽくない?」


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日差しは強く足元もカラカラ(トレッキングシューズにしなくて良かった)&ポカポカ陽気。立山連峰のかなり上まで登って来た(標高2450メートル)わけですが。。。


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”雪の壁ウオーク”が可能なのは4月から6月までの間だけ。この時期になるとシャベルカーで掘り進めて”雪の切り通し”を造るそうです。壁に触れると冷たいけど柔らかいのでみんな落書きしてる[わーい(嬉しい顔)]。外国人観光客も多い。この日一番高い壁は14メートルほど。


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汗ばむくらいの陽気だったから「ラッキー!」というしかない。(ブログを書いてる今日は気温が3度で霧のため大谷ウオークは中止だそうです)


「エッ、バスも通ってるじゃん?」ちゃうちゃう、通れるのは許可を受けた特別車だけ。


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”室堂平原”にも向かいましたがまだ一面雪野原。(この周辺はライブカメラで撮していて常時見られます)


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疲れた([もうやだ~(悲しい顔)])。ワタシはここらへんでパス。スニーカーでは足元が滑って歩けない。
連れ合いは”みくりが池”まで行って写真を撮ってきてくれた。でも池は凍っていたそうでかろうじて左端に水色の湖面が見えてる。


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室堂平の”雪の回廊”。辿っていくと”自然保護センター”に出ます。”雷鳥”などを詳しく紹介してた。けど、この日雷鳥は・・・「いてない[もうやだ~(悲しい顔)]


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疲れたワタシは(モチロン)ひと休み。ホテル立山のカフエで紅茶を飲んだ。


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<室堂~美女平アルペンルート(立山高原バス)>


旅で一番の感動がこのアルペンルートでした!


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室堂ターミナルから美女平まで1時間ほどかかってクネクネの山岳地帯を降りてきます。(標高差は約1500メートル)


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雪の壁づたいに下って(歩行者道は行き止まりになってる)途中から二車線の車道のみになります。


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バスの進行につれて(立山連峰や)北アルプスの山々が姿を表したり隠れたりしながらいろんな景色を見せてくれます。残念ながら写真ではそのスケールの大きさが伝わらない([もうやだ~(悲しい顔)]


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下は”弥陀ヶ原”高原。雪が溶けるとトレッキングできるらしいけどまだまだ雪景色。


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美女平(標高977メートル)まで降りてくると新緑がまぶしい。


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終点の”美女平”。ここで下りのケーブルカーを待ちます。


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<美女平~立山駅(ケーブルカー)>


”美女平”からぎゅう詰めのケーブルカーでさらに500メートルほど下ります。

 

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”立山駅”。やっと下界に降りてきました。


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立山駅には富山地方鉄道が乗り入れて富山まで向かうことも出来ますが、ワタシたちはここで待っていてくれたツアー専属の観光バスに乗り込み、一路(北陸新幹線の)上田駅に戻ります。


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”真田丸”でも名を馳せた上田城跡。六文銭の信州”真田”のお膝元。


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前日上田駅で新幹線を下りたのが遠い昔に思える。1泊2日のチョー特急の旅だったけど中身が濃かった!終わってみれば面白かった!

















 


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立山・黒部アルペンルート(1) [旅行]

<雪の大谷7つの乗り物で巡る立山黒部アルペンルート・黒部峡谷鉄道トロッコ電車2日間>という長~い([わーい(嬉しい顔)])タイトルのツアーに参加。値段の安さとホテルに惹かれてなあ~んも考えずに申し込んだら・・・参加人数は多いしめちゃめちゃ強行軍([もうやだ~(悲しい顔)])。個人旅行だったら2日間では到底ムリムリという行程。くたびれたけど、初めての立山だったし両日ともに絶好のお天気、雪の北アルプスを堪能してきました!


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(なんでこんなに安いのか?)と思ってたら北陸新幹線に乗るのは信州の”上田”までで、


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上田から(妙高を横目に見ながら)延々と・・・


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長野県(上信越道)~新潟県(北陸道)経由で富山県に入り、


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ひたすらバスで”宇奈月”まで。なんのことはない、いわゆる”バス旅”でした。自分で運転するわけじゃないから・・まあいいか[ふらふら]



トロッコ電車(黒部峡谷鉄道)の始発”宇奈月駅”です。宇奈月温泉も有名ですね。


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言うまでもなく、トロッコ電車は急峻な黒部峡谷の電源開発のために敷設された鉄道。作業員や資材をせっせと運びました。林道だった箇所に狭軌の線路を引き昭和12年には立山連峰の”欅平”まで開通したそうで、黒部川に沿って山々の狭い谷間をぬうようにクネクネ走ります。当時は一般の人が乗ったら「命の保証はしない」という約束だったそうですよ。(アラスカで乗った峡谷鉄道を思い出した)


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現在は観光客を満載した(遊園地の電車をちょっと大きくしただけのような)可愛いトロッコ列車が”宇奈月~欅平”間を折返し運転しています。


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ツアーでは”鐘釣駅”という途中駅まで往復。片道一時間ほどの車窓からの景色を楽しみました。


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赤い吊橋を渡って・・


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眼下の黒部川を覗き込んだり途中のダムを眺めたり・・・


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単線なので待機場所で度々すれ違い。


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黒部川の上流に建設された”黒四ダム”は(石原裕次郎主演の映画「黒部の太陽」にもなってますからご存知の方も多いと思うけど)七年をかけた大工事で昭和38年に完成(写真は翌日に行った黒四ダム)


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当時の大型インフラの代表ともいえる大工事で現場は険しい秘境での難工事、のべ1000万人の人が携わり殉職者は171人にものぼったそうです。おかげで(関西)電力の供給量がグッと増え、その後の高度成長経済を牽引したといわれています。トロッコも大活躍したはずだけど、この線路は黒四ダムの手前までなので、その先はどうやって資材を運んだのかしらね???


今でも日々補修の工事などが続いているため、トロッコは(観光客のみならず)作業員や資材も運ぶ(本来の役割[手(チョキ)])バリバリの現役です。


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作業員は豪雪の冬場には竪穴の歩道を使って行き来するそうです。


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黒部川沿いには(クロヨンだけでなく)いくつものダムや水力発電所が建設されています。


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とにかく水量がハンパじゃない。(雨も降ってないのに)ゴーゴーと凄まじく流れてる。そりゃダムも発電所もできるわ!って思う。


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ダム工事では軽い地層が重なっているところから壁が剥がれて(破砕帯)鉄砲水が溢れ出し死者が出たそうです。でもその頃はきっと国全体が明るく前向きだったんでしょうね。戦後の復興を象徴するような話で、日本の繁栄の下地はこうして造られたのかと思い知らされました。


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宿泊は”白馬東急ホテル”だったので信州までまた戻ります。


バスは北陸道を行ったり来たり(親不知を何度通過したか!)

*ちなみにこの写真が”親不知”(高速道高架橋)。(奥のほそ道で芭蕉が泊まった"市振の関”も近い) 日本海は、もやっていました。


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高速を降りると”白馬八方(連山)”が見えてきました。


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行く先々に高い雪の峰ばかりだから、どれがどの山か見分けがつかない。名前を尋ねても誰もが「さあ~?」とばかり・・・。


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「白馬東急ホテル」は長野オリンピックの際に選手たちにも利用されたという高級ホテル。


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杉や白樺の木々に囲まれた癒し系のホテルです。温泉[いい気分(温泉)]も出てる。


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”白馬八方”は近すぎて全体が見えない。ゆっくり散策すればビュースポットもあるんでしょうが。。


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温泉入って寝るだけだったけど落ち着いた部屋で正直「ホッ[わーい(嬉しい顔)]」とした。


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夕食と朝のビュッフエです。


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ササ食べようっと。(今日のシャンシャン) [日記 犬]

ササ食べようっと。


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寝ながらでも食べられるもん。


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ムシャムシャ・・・。


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ムシャムシャ・・・・。


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ン? ママは?


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水あびしてるう~。


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アレっ?いつのまに? (飼育員さんが新しい竹を入れてくれたのかな?)


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お昼寝のマクラにしようっと。


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ちゃうちゃう、水のみ場に行くんだもん。


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どっこいしょ!


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よいこらしょ!


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そろそろ・・・・。


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ホッ!


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ママあ~。


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あたちも水あびするう(ちゃうちゃう)、水のむう~。


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雨でどろんこ(今日のシャンシャン) [日記 犬]

雨降ってどろんこなのに外遊びのシャンシャン。


「ママあ~ 遊ぼ」


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「よいこらっしょっと」


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「ママぁ、なに食べてんの?」
「うるさいわね。コレ、あたしのササなんだから。アンタどろどろじゃないの。」


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「あたちも食べるう」


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「うるさいわね。引っ張らないで!」


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「ママぁ、ママぁ・・」

「もう!自分で探しなさい。あっちに行って!」


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「いいもん、スネてやる!」


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「こっちの方がおいしいもん!」


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「でも・・・やっぱり・・ママのがいいもん。」


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「ママぁ、ここにも枝があるよ(カミカミ)」


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「木登りだってできるもん」


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「でもさ・・・・やっぱり・・・・」   


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「ママがいいもん・・・」


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ひたすら食べるママでした。([わーい(嬉しい顔)]



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ムリやろ!(今日のシャンシャン) [日記 犬]

「さあてと、今日はこのササを持って登ろっと!」


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「えっさ、えっさ」


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「アッ、ササが!」


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「よいしょ!(しっかり持ってないと)・・・」


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「えっさ、えっさ」


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「アッ!落ちた!」  ムリやろ!(ミルママ)


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いまの情況・・・・・・([もうやだ~(悲しい顔)]


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「あ~あ、しっぱいしっぱい・・・」


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「(パンダはきりかえがだいじ!)よいこらしょっと」


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「(降りる時は)そろそろ・・・・・・・(足がとどかんなあ)」


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「この棒はさっきママがなめなめしてたもん。あたちもなめなめしようっと」


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「宋磁」展(出光美術館)ほか [美術館 観劇]

連休はざまの平日([晴れ])メトロの一日券で<出光の宋磁展(日比谷)>と<知り合いの個展(日本橋)>と<水天宮>と三箇所を巡りました。最近はお出かけを一日1箇所にしてるので、3箇所もうろうろするとくたびれる([ふらふら])銀座線、千代田線、日比谷線、半蔵門線と何度もメトロを乗り換えたので一日乗車券分(600円)はしっかりモトを取ったけど。。。


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出光美術館の「宋磁」展。”仙厓”で有名な(出光創業者の)出光佐三氏のコレクションですが宋時代の磁器も多く集めておられたらしい。110点以上の磁器(青磁も白磁も)の展示の9割方は同館の所蔵品なのに驚かされる。(残り1割は東洋陶磁美や東博・京博所蔵品)


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汝窯(じょよう)の青磁と聞くと台湾の故宮博物館まで追っかけするワタシですがさすがに汝窯は無かった。
思うに、出光佐三さんがご自分の気にいった”(南北)宋代”の磁器を見つけては買い求めていらしたんではないかしら。それらをまとめて窯ごと(官窯・民窯それぞれ)の特徴を記して、わかりやすく展示してくれているという印象。だから窯によって展示数がまちまちなのも一興です。(龍泉窯が多かったかなあ?)


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とにかく青磁&白磁が出ると聞くとすぐ見に行ってるので国宝級の作品にはよく出会ってます。展示品はモチロン優品揃いだけど、超ド級の磁器は少ないようです。でもいろんな窯の磁器を並べてこのように観せてもらったことはなかったので発見は多かったですね。ずいぶん多様な宋磁があるのだと再認識させられました。赤絵の皿まであったし。


とりわけ五代・金時代からの”耀州窯”のオリーブグリーンの青磁に心惹かれた。”耀州窯”は後の”汝窯”に通じる釉薬の技術を持っていたそうでその意味でも面白く感じました。(青の色は全く違うのに)

北方民族の”遼”の時代に”乾瓦窯”という磁器が焼かれていたことを知ったのも驚き。色も造形もとても魅力的なのが多かった。イスラム世界とのつながりも見受けられるそうです。高度な文明を持っていたのはなにも漢民族に限ったことではないのね。


小山富士夫氏や三上次男博士、J.P.プラマー氏など中国陶磁研究(発掘)の先達たちの仕事ぶりにも目をむけた気配りの展示でした。誰でも入れる館内の”陶片資料展示室”は彼らを支援していた出光ならではの充実ぶりなんですが、小山・三上氏から寄贈された陶磁片が中心です。今まで”汝窯”しか関心がなかったワタシですがこの日は他の窯の引き出しも開けてみました。


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日本橋高島屋の美術画廊で知り合いの個展が開催されてたのでそちらへ移動。画伯はNY在住で長年”櫻”を主なモチーフにして大作を描いておられます。ワタシより年上なんですがそのパワーには圧倒されます。エネルギーをもらって帰りました。


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その後”水天宮”へ。(ついでにお買い物も)


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4月に観たお舞台 [美術館 観劇]

*国立能楽堂普及公演 能「小塩」狂言「止動方角」


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 *花形演芸会(国立演芸場)


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*志行会別会(横浜能楽堂)


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文楽の住太夫さんがお亡くなりになった(4/28)という悲しいニュース。大好きだったワタシとしては残念な気持ちでいっぱいです。でもご自分の意志で引退されて後進の指導にあたってこられたのはご立派というほかありません。心よりご冥福をお祈りいたします。

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志行会(横浜能楽堂) [美術館 観劇]

友人に誘われて横浜能楽堂へ。いったい何年ぶりの横浜かしら?待ち合わせの西口になかなかたどり着けなくて、駅の構内でウロウロしました。


横浜能楽堂は初めてです。(横浜駅からタクシー10分ほど)


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能舞台の鏡板が印象深い。松だけじゃなくて”松竹梅”が描かれています。


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友人は加賀藩の江戸屋敷にあった能舞台の鏡板を移築したとか言ってました。靖国神社にも加賀藩のがあるそうです(ホントかな?)



「志行会」という素人の発表会。素人の同好会とはいえ師範レベルの方も多くお囃子もすべて自分たちでこなしておられ見応えがあります。いいなあ!とうらやんでいるだけでなく、ワタシも精進しなくちゃと・・・反省しきり。


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能楽師の家に生まれた女性とか、ご自宅に能舞台があったりする方とかばかりだそうですが、囃子(鼓や笛)まで習っておられるようで、(ここまでくるのに)どれほどのお金と時間がかかってるんだろう・・・なあんてことを思っちゃイケナイ。

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4月に読んだ本 [読んだ本]

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* 愛と憎しみ 奇跡の老老介護  阿井渉介


* 報い 堂場瞬一


* 13・67   陳 浩基


* 元禄六花撰  野口武彦


* あのひとたちの背中 重松清


* この世の春(上)(下) 宮部みゆき


* もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 
  神田桂一・菊池良


* 屍人荘の殺人 今村昌弘


* リウマチ歳時記 山中寿


* 人類5000年史Ⅰ(紀元前の世界) 出口治明


* 会津執権の栄誉 佐藤巌太郎 

 

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熱海・箱根へ(2) [旅行]

2日目、熱海から箱根へ。(昨日の逆コースで)十国峠を経て箱根峠を越え芦ノ湖方面へ。雨の降らないうちに”芦ノ湖パノラマパーク”というドッグランへ。


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「ン、ここへは来たことがあるな」と思い出す。眼下に芦ノ湖が見える芝生の上です。先代のルースケが子犬の頃連れてきてボール投げして遊ばせてやった記憶があります。息子たちも一緒だった。・・・・けど、あの頃は芝生に自由に入れたしリードを放すこともできた。今は入場料が必要でリードも放せません。あの頃は青々してた芝もずいぶん荒れた状態。


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ドッグランの中で遊んでるワンちゃんを見つけたのでそっちに行くことに。囲いの中だけは放してもいいそう。(狭いけど)

トイプードルのラッキーちゃんとメロンちゃん。ミルクの一番いいところは犬にも人にも懐っこいところ、老若男女にかかわらず誰とでも遊べる(というか、ネコでもカラスでもチャボでもOK[ふらふら]

「お姉ちゃんについておいで(と言ってるのかどうか?)」


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ミルクを預かってもらったコテージ。ペットと泊まれる宿なんですが、大型犬の一時預かりはほとんどなかったらしくて「ケージがありませんので・・」と会議室に案内されてビックリ!「ひょっとしてミルクはVIP?広い会議室で一人で(一匹で)会議かい?」という始末。キャンキャン言ってドアノブを開けようとするし、ワタシたちが見えなくなるとワンワン吠えるし・・・これはムリだなと。。。


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それでも近くのゴルフ場でハーフに挑戦。山麓の芦ノ湖を見下ろすゴルフ場ですけど「霧が出てなくて良かったですね」と言われちゃた。


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山から吹き下ろす風がハンパなく強い!(地上では20度とか言ってたけど)めっちゃ寒い!


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芦ノ湖がうっすらと見えてる。起伏が激しくて打ち上げか打ち下ろしばっかり、グリーンはすべて砲台です。時々雨もぱらつくし、早くミルクを迎えに行ってやらなくちゃと気がせく。


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終わってすぐにミルクのお迎えに行ったら「ずっと吠えてましたよ」って。せっかく見つけた預かり所だけど残念ながらムリみたい。

 

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<箱根関所>


まだ宿に行くには早かったので”箱根関所”跡へ。


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(ここも何度か来ていますが)以前と比べてすっかり整備されて箱根関所資料館などもできてます。


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当時の関所の様子。(下りの)”出女”の髪の中をあらためてる婆もいますね。


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当時から芦ノ湖を背にして建ってたのね。湖を勝手に渡るのはご法度だったそうです。


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関所破りは獄門磔の極刑だったとか。当時の関所破りの人相書きが知り合いにそっくりだったので思わず笑ってしまった([わーい(嬉しい顔)]


国道1号線に沿って(有名な)杉並木も随所に残されています(よく整備されています)


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(東海道を上るにせよ下るにせよ)旅人たちは関所近いこの杉並木を歩く時はドキドキしたでしょうね。罪人じゃなくてもお調べを受けるのはいやだよね。


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箱根の宿に無事到着。ここは定宿で温泉が気にいってる。


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「やれやれ!」ミルクがいちばんホッとしたみたい(笑)


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付け加えると、翌日(3日目)は朝から土砂降り!ほうほうの体で東京へ戻りました。あとで知ったけど箱根は記録的な豪雨だったそうです。あ~あ([もうやだ~(悲しい顔)][もうやだ~(悲しい顔)]







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熱海・箱根へ(1) [旅行]

”熱海”と”箱根”の温泉めぐりという(気恥ずかしいようなベタな[ふらふら])旅です。
実は山中湖ばかりでは飽きてしまったので、1)近間で、2)ミルク(大型犬)と一緒に泊まれて 3)ミルクを預けてゴルフができる、という場所探しをしてるんですけど。。。なかなか難しい。


今回は初日が熱海で、2~3日目は箱根という2泊3日の旅。お天気チェックしたら1~2日目は曇り[曇り]のち雨[雨]、3日目は大雨[雨]予報と、またまた残念な天気。(晴れてれば最高!の)富士山麓や箱根山麓は、雲がかかるとたちまち霧も出るし雨風も強くなる。もし天気予報で晴れてても油断はできません([もうやだ~(悲しい顔)]


で、ペット(大型犬)OKの宿とゴルフ場は確保できたけど、最大の問題は、ゴルフの間ミルクを待たせておく一時預かりの場所が無いこと([ふらふら])ペットと泊まれる宿はあっても獣医さんやペットショップがないんです。
やっと箱根に短時間の一時預かりの宿を見つけたので、2日目は近くのゴルフ場に午後ハーフを予約。(ハーフなら2時間ほどで済みますから)


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驚いたのは熱海に行く途中で立ち寄った<足柄SA>のドッグラン。


人工芝でアジリテイ完備!(しかもタダ)貸し切りで戸惑い気味のミルク([わーい(嬉しい顔)]


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[るんるん]ランラン[るんるん]と走り回ってたら・・


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お友達が来た!9ヶ月のボーダーコリーの男の子、デユークちゃん。


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2匹とも遊びたい盛りの年頃(かな?)じゃれあい転げまわってました。一見同じくらいの大きさに見えますが、デユークちゃんの体重はミルクの半分ほどだそうです。(それって・・[もうやだ~(悲しい顔)]


飼い主さんは地元の方で毎日来てるそうです。このドッグランは(東名を走らなくても)裏道から入れるそうで近くに住んでる人(ワンちゃん)の格好の遊び場になってるとか。すごいね。タダでこんなドッグランが使えるなんて!


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足柄SAで驚かされたのはドッグランだけじゃなく、この”ペヤングソースやきそば”の富士山。意味不明?


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「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」という本を読んでいる最中だったので笑っちゃた([わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)]


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<韮山反射炉>


熱海に行く前に伊豆まで足を伸ばす。”韮山反射炉”です。近年世界遺産に登録されて一躍有名になった(らしい)。周辺が整備されて入場料を取ってます。


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「反射炉って何?」と思ったら、幕末に造られた溶鉱炉なのね。高く伸びたのは煙突です。鉄の枠は(意匠的には優れてますが)後世補強されたもの。外壁は伊豆石とレンガで出来てます。一帯は大砲工場跡地で、この反射炉は金属を溶かして大砲を鋳造してたものだそうです。


(下の写真のような)カノン砲を造ったらしい。海防に備えるための兵器です。品川台場に置かれたらしい。


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蘭学を学んだ韮山代官の江川さんという開明派が海防政策を幕府に進言して実現したそうです。維新後の製鉄業の草分けとなったというわけでしょうか。


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<願成就院>


近くの願成就院にも行ってみた。寺宝に五体の運慶仏(国宝)を持つ名刹です。


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数年前に来た時と境内はあまり変わってないけど・・・


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受付の男性が日本語のめちゃくちゃ上手い外国人(アメリカ人?)でした。(住職を継がれるのかしら?)


北条時政の祈願寺なので時政の墓があります。(時政も晩年は寂しかったのかしら?)


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運慶仏はいろんな展覧会にお出ましになってますから、イケメンの毘沙門天にも「ああ、また会えましたね」という感じ。本尊の阿弥陀如来ほか堂内の五体の仏がすべて国宝っていうのもちょっと珍しい。すべて運慶自身(工房ではなく)の作だそうです。


ワタシは不動明王脇侍の(やんちゃな男の子)”セイタカ童子”と(優しい瞳の)”コンガラ童子”が大好きなんですが、近くまで行けないのが悔しい!(数年前は仏さまの前まで行って拝めたのに今は柵をつくって近寄れないようにしています。)


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<イチゴ狩り>


先の山梨に続いて今月は2度め(JA伊豆長岡の)イチゴ狩り。「こっちのほうが本場だよ。いたるところにイチゴ、イチゴって幟が立ってる」と連れ合い。(30分食べ放題で1100円/人)



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ビニールハウスの中には平日のせいか誰もいません。「好きなの取っていいよ」と言われた。


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ミルクは車でお留守番なのでゆっくりできます。


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たしかに同じ品種(章姫)だったけど伊豆のほうが一段と甘かった!


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<熱海>


やっと着いた。本日の熱海のお宿。初めて泊まります。(熱海っていうと貫一・お宮を思い出すワタシ。旧いねえ!)


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ナビを信用してないワタシたちは大回りして、伊豆から箱根峠越えで濃霧の中を走ってきた。クネクネ山道の深い霧の中を走るのはスリル満点(寿命が縮む[がく~(落胆した顔)])。


「ミルクもホッとしたんか」


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ペット部屋は和室でした。眼下には相模湾、山側には新幹線が見える。

「お父ちゃん、前も見えんのに、よう運転したなあ[ひらめき][ひらめき]


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夕食の櫻鯛しゃぶしゃぶとキンメダイの煮付けが美味しかった。


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「花形演芸会」国立演芸場 [美術館 観劇]

”柳亭市馬”さんがゲスト出演するというだけの理由で出かけた国立演芸場の「花形演芸会」。若手を育てて高座に上がるチャンスをやろうという趣旨の演芸会です。だから面白くなくても(ガマンして)聴かなくちゃならない。


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ゲストの市馬さんも弟子が出演するというので応援に出てきたんだと思う。「あたたかく見守ってやってください、とだけ言いたい」のでここに来たという話。


これまで花形演芸会には何度か来ていて、時々”爆笑問題”が出たり”桂吉弥”さんが出たりそれなりに充実してたんですが今回はイマイチだったかなあ。。。二枚目の”わん丈”さんに期待がもてるかも。。


市馬さんは古典落語”山号寺号”を現代風に脚色して自由自在に語ってくれる。すぐに柔らかな話芸の世界に引き込まれてしまうのはさすが!というほかないです。
でもこの日は(時間調整したんだと思う)ノドを聴かせてもらえなかったのは残念([ふらふら]


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「名作誕生」展 (東博) [美術館 観劇]

上野の東博まで”国華”展(だと思って)を観に行きました。でも”名作誕生”展ってわけがわからんネーミングでした。内容もわけわからんかった。([ふらふら]


そもそも”国華”って明治時代に岡倉天心たちが始め現在まで続いている美術雑誌のこと。その130年記念の絵画展だと聞いてたので、てっきり天心先生たちの業績やら雑誌のことやらの説明があるかと思ってたらなあんにもない(???)
先鋭的に”国華”が取り上げた作品が中心かなと思ってたらそうでもない(???)


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国宝や重文指定を受けている日本の”名作”を紹介するという趣旨らしく、たしかにずらりと並んではいて(ある意味では)楽しめます。でもテーマのくくりに脈絡がない。キュレーションの失敗だと思います。国華の編集同人が集って「ああでもないこうでもない」とムリムリテーマを決めたんじゃないかしら(?)
キュレーター個人の熱意で開催される展覧会の方がゼッタイいいと感じましたネ。


ワタシ的には岩佐又兵衛の洛中洛外図屏風(舟木本)に再会出来たので「良し!」といたしました。(東博が持ってるお宝で二年毎くらいに公開してくれます)

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山中湖 3日目 (快晴 イチゴ狩り!) [旅行]

前述したように3日目は快晴。富士山とミルクのコラボはいかがでしょうか!


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山中湖”花の都公園”です。かろうじてチューリップが咲き始めてる。でも春はまだまだこれから。。


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櫻は咲き終わってましたネ。これが”富士桜”というのかしら?花びらが小さくて可憐です。


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やっと晴れたコテージの朝


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湖畔にお散歩に出ると、山中湖&富士山もよく見える。


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ワタシが「イチゴ狩り、イチゴ狩り!」とわめいていたので、連れ合いが(石和・笛吹方面へ)イチゴ狩りに行くことに同意してくれた。途中笛吹市の桃源郷(桃畑)に立ち寄ったけど・・・・桃の花は見事に咲き終わり([もうやだ~(悲しい顔)])一面ピンク色に彩られてる(はずの)桃源郷は・・・「どこや?」


その代わり(?)に”南アルプス”の山々がクッキリと見えて「まあ、ええか」


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下は案内パネルですがこの写真よりよく見えてる([手(チョキ)]


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一本だけ咲いていた桃の花から望む南アルプス。


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さて、ここがイチゴ狩りの現場(?)山梨市の”いちごランド”。何軒かのイチゴ農家が集って営業してるらしい。


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ペットOKのハウスに行きました。でも大型犬は想定外だったらしい。連れ合いが「じゃあ前で待ってるよ」って言うと、店の人が「いいからいいからどうぞ入ってください」と言ってくれるので、ありがたく2人と1匹で入場。


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時期的にもう終わりなのね。イチゴも少ない。”章姫”と”紅ほっぺ”とか言ってたなあ。


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立ったままポイポイともぎ取って食べられるのが楽ちん([手(チョキ)])。この2列だけと言われ、行ったり来たりして赤いのをほとんど食べ尽くしました。


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「ミルク、ここで待っててね」


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待ってるわけないやろ([ちっ(怒った顔)])。キュ~んキュ~ん、うるさいこと!

「ハイ、おすそ分け」


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「小粒だけど甘いなあ~(ミルク)」
「いつまでもあると思うな、”親”と”イチゴ”(ミルママ)」


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といいつつ、イチゴで満腹になったわれわれデス([わーい(嬉しい顔)]


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<恵林寺>


(3年前にも行った)武田信玄公の菩提寺。再訪しました。http://alexleo.blog.so-net.ne.jp/2015-04-20


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ミルクも一緒に境内に入ったので、今回は館内の見学は遠慮して、外の庭園のみ拝観。


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<心頭 滅却すれば 火もまた涼し>のことばを残したと伝わる快川和尚。織田の軍勢によって焼き払われた山門で多くの僧侶が焼死した話が有名です。


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祖師堂の真ん中が”夢窓国師”、右側が”快川和尚”です。


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信玄公や家臣団の墓に外側からお参り。


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<放光寺>


全く知らないお寺でしたが、恵林寺の近くだとガイドブックに出ていたので何気に訪ねたら・・大当たり[ひらめき][ひらめき]


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「花と縁結びの寺」とガイドブックには書かれていて予約すれば精進料理も食べられるそうです。何より、重文指定の仏さまたちが素晴らしく、宝物殿で拝ませてもらいました。ご住職の話では、この寺も織田軍の焼き討ちにあって建物は消失したらしいですがすぐに再建。かろうじて仏さんは焼け残ったとか。


宝物殿には御本尊の”大日如来坐像”。”天弓愛染明王坐像”。さらに”不動明王立像”が一体、これら三仏はいずれも平安仏だとか。仁王門には(鎌倉時代の)金剛力士像二体。


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大日如来像を見て「平安仏?」と思いました。運慶仏を彷彿させる面立ちです。弓を持つ愛染明王が特に印象強い。関東の、ひっそりとしたお寺に、こんなすばらしい平安仏が残っているのかとちょっと感動。


現在は真言宗智山派の落ち着いた寺院ですが、元は平安時代に”甲斐源氏”の安田義定氏が創建したそうで、平安仏も当時のものだそうです。安田氏一族は頼朝に滅ぼされ、以降は武田氏、その後は徳川氏の庇護を受け伽藍の再建を繰り返し今に至っているとのこと。


寺には安田氏を模したとされる”毘沙門天像(鎌倉時代)”も祀ってあり、彩色もよく残ってるし、きりりとした相貌(イケメン)が魅力的。仏というより人体彫刻みたいでした。


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<慈雲寺>


同じくガイドブックに載っていたお寺。恵林寺からも放光寺からも近い。(ただ道がわかりにくい)


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しだれ櫻で有名とあったので「ひょっとしたらまだ咲いてるかなあ」と期待して行ったら・・・


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甘かった!残念([もうやだ~(悲しい顔)])もう葉櫻になってた。咲いてたら見事だろうに今年はきっと早かったのね。(同じ境内の若桜でムリムリなっとく)


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帰途に勝沼に寄ってランチ。大小のワイナリーが集ってる地域です。

”シャンモリ”というお店。盛田甲州ワイナリー直営のレストラン。


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周りにはぶどう畑が広がっています。


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富士桜ポーク煮込みを注文。(ワイナリーに来て飲めない連れ合いには、まっこと気の毒)


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いつものように”談合坂のSA”でミルクのドッグラン。


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SAで売っていた朝採りのタケノコ。お土産に買って帰ったら柔らかくてめっちゃ美味。大満足でした!


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山中湖ゴルフ(でも、雨)2日目 [旅行]

天気予報では午後から晴れるはずだったので予約していたコースへ。「霧が出てないだけましかも」と連れ合い。でも、雨[雨]です。しかも突風が吹いてきて傘も小物もあっという間に飛ばされてしまう!雨が靴や服の中に吹き込んでくるので冷たくて寒くて、芝の上もビショビショ・・・([もうやだ~(悲しい顔)][もうやだ~(悲しい顔)][もうやだ~(悲しい顔)]


前の組の4人は若者で元気だったけど、オジサンオバサンにはチョー過酷なラウンド([もうやだ~(悲しい顔)]


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(晴れてれば)目の前は富士山(のはず)。下の写真は午後です(雨ふってるやん!)


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最後の2ホールくらいでちょっと晴れ間がでてきて、やっとゴルフらしきものを体験。クラブハウスでお湯につかったらドッと疲れが出た!
(なんしてんのん!風邪ひいたらどないすんのん!無理することないのに。我ながらアホ[ふらふら]


この日の夕食は山中湖村の郷土料理の有名店(?)”大豊”さんへ。


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くたびれすぎて言葉が出ない。もくもくと”ほうとう”とか”富士桜鱒寿司”とか”天ぷら”とか食べました。


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コテージに戻ってバタンキュー。11時間は寝たぞォ~!



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山中湖ゴルフ(でも、雨・・・)1日目 [旅行]

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四月も半ば、ミルクんちは春の旅行シーズンに突入。手始めに山中湖へゴルフ、2泊3日の予定で初日&2日目にコースを予約したのに・・・・・・2日間とも雨([もうやだ~(悲しい顔)])。春先は変わりやすい天気だって知ってるけど([もうやだ~(悲しい顔)]
初日はキャンセル([もうやだ~(悲しい顔)])して、2日目は強風と大雨の中でプレー。<山中湖ゴルフ=悪天候>という構図がしっかり出来上がってしまった。


悔しいのは最後の3日目だけが快晴になったこと。富士山をバック(花の都公園)のミルクはその3日目の写真。(ン?既視感が)
そのはずです。以前、同じ場所で同じポーズのルースケの写真を撮ったもんね。


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このところミルクはずっとお留守番だったので、今回は一緒に行こうねっていつものコテージへ。山中湖はワンちゃん連れOKの場所が多いし、ペットOKの常宿やお預かりの施設もあるので、近間の旅行では行くことが多いですね。ただし狭い地域なので何度も行くと飽きてしまう。

着いた日も雨模様でアウトドアは一切ダメ。富士山麓は霧も出ます。仕方なくいつものように鐘山ゴルフセンターの打ちっぱなしで少し練習。


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それでも時間を持て余して、まだ行っていない場所を探したら富士吉田の「富士浅間神社」を見つけた・・・というより、いつも前を素通りしてたんだけど由緒ありそうなお宮さんらしいので寄ってみるべかと。傘を持ってなかったのでカメラも濡れてしまいレンズには雨粒がついています。


お参りの前にミルクはしっかり済ませて(?)から。


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立派な大鳥居。


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社殿も立派!拝殿も神楽殿も重文指定を受けてるらしい。


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内殿(本殿)もこのとおりきらびやか。


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昔からいわゆる”富士講”の人たちの参詣で賑わってきたんでしょうね。”富士山信仰”の拠点です。<北口本宮富士浅間神社>とあったので「東西南北の本宮があるんですか?」と社務所で尋ねたら、四方はないが東口はあると。(わけわからん?)
なんでも北口から富士山を拝むのが一番良いらしい。(この日は雨でどこにも富士山は見えませんでしたけど。)


 


いつも行く”紅富士の湯”も定休日だったので”石割の湯”へ。両方とも山中湖村の日帰り温泉で料金も安いので地元の人やら観光客やらで賑わっています。


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これまたいつもの湖畔イタリアンレストラン”キャンテイ・コモ”でピザやらソフトシェルクラブの夕食。(変わり映えがせんなあ!)無休でやってるので助かる。味は保証します。


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能「小塩」狂言「止動方角」(国立能楽堂普及公演) [美術館 観劇]

四月の国立の普及公演。能「小塩(おしお)」のシテが浅井文義師なので出かけることにしました。以前「雲林院」の公演があった際に馬場あき子氏からも「小塩もぜひご覧になってくださいね」と言われていたし。。


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「小塩」も「雲林院」も、”伊勢物語”で昔男とされる”在原の業平”と、二条の后こと”藤原高子”との恋がモチーフとなっている能です。貴種の姫との叶わぬ恋に身をやつす業平の所業は、当時の人からは肯定的にとらえられていたのではないかというのが(馬場さんやこの日公演に先立って講演された天野文雄氏など)専門家の解釈のようです。


天野文雄氏の解説はすごく面白かった。この方は京都造形芸術大学舞台芸術研究センター所長という肩書の能楽研究家。年に2回、国立能楽堂での公演の際に講演されているとか。当日は<「小塩」にはなぜ引歌がかくも多いのか>という演題でした。


(天野さんの解説によれば)「小塩」という能は、いつ、誰によって、何のために作られ演能されたのかということがすべてクリアにわかっている、まことに珍しい能だそうです。


すなわち、1465年9月25日に、足利義政の春日大社参詣の折、興福寺一乗院で催された四座立会猿楽において、金春善竹が自ら演じるために創作した能、だそうです。

”金春善竹”は世阿弥の娘婿、同年の春2月に義政が花見をした小原野を意識して作られたそうで、もとは「小原野花見」という曲名であったとか。秋の演能にもかかわらず、前シテは櫻の枝を持って登場、舞台にも櫻の物見車や櫻の作り物を出して、華やかな春の景色を演出しています。ヒネってますね(笑)


何でも「小塩」の謡には、伊勢物語の和歌をはじめとする引歌(和歌)が22首もあるそうで(数えてみたけどワタシは18くらいしか把握出来きない)、馬場さんのような歌人にとっては親しみやすい能なんでしょう。その数は他の能に比べて突出してます。謡の文句のほとんどが和歌の言葉といっていいほど。


もともと小塩の物語は、二条の后(高子)が小原野へ行啓された時に供奉していた業平が詠んだとされる<大原や 小塩の山も 今日こそは 神代も 思い知られけれ>という和歌を中心として展開されていきます。
その業平を(高子への思慕に苦しむ)”色好みの昔男”としてだけでなく、”衆生済度の和歌の菩薩”としても描いて崇めようというややこしい能。
天野先生は「この辺が善竹の屈折したところですね。世阿弥だったらもっとシンプルに描いたでしょうね」と。思うに善竹は世阿弥に対してめちゃコンプレックスを持ってたのかもネ。


当時は義政が後花園天皇の許しを得て勅撰和歌集の編纂を進めようとしていたらしく、自らも和歌の好きな善竹が(義政へのヨイショで?)ことさら和歌を引いたのではないか、という講釈でした。ただし、応仁の乱によって和歌どころでなくなった義政だったためか、この勅撰集は実現していません。


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さて当日の演能ですが、前述したようにシテは銕仙会重鎮の浅井文義師。この方のドラマチックな演能は(師匠であった)観世寿夫師の姿を垣間見せてくれるんじゃないかとワタシは期待してるんですが、こうしたマイナーな公演にわざわざ来ようというのは、よほど能に興味がある人だろうな「好っきやなあ!」と(我が事を差し置いて)思いましたね[わーい(嬉しい顔)]


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内容と同様に謡の節付けも(善竹らしく?)ヒネクリまわしてる印象。地謡がイマイチ揃ってなかったのが「う~ん[ふらふら]」。シテの序の舞(太鼓入)は、(小書がついてたのか?)所作が常とは違っていましたが、さすが浅井師!きっちり昔男(業平亡霊)の哀しみがシミジミ観じられる舞でした。
(余計なことながら)後シテの面は”中将”だと思いますが、絶世の美男子とされるはずのその容貌は、ワタシの目からみるとちっとも男前じゃない。美男・美女の定義も時代によってホントに違うんだなあ([わーい(嬉しい顔)]


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さらに付け加えると、狂言「止動方角」で馬の着ぐるみで登場した善竹大二郎さん。(先日のワークショップでお目にかかった若手役者さんかな?)
長丁場の狂言ですが、馬になりきって大活躍![ひらめき][ひらめき][ひらめき] 能も狂言もつくづく体力勝負だと思いますねえ。









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新タケノコ!(今日のシャンシャン) [日記 犬]

夕方のお食事タイム。(新物だと思うけど)タケノコ食べてる!


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「オッ!いいもの 食べてるなあ!」と連れ合い。(羨ましがってどないするねん!)


ママはしっかり皮をむきながら、シャンシャンはその皮をクチャクチャ。


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お昼寝タイム(今のシャンシャン) [日記 犬]

お昼寝です。器用に木の上で寝てる([わーい(嬉しい顔)])。時々寝返りもうってる。落ちないかなあ。。。


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ママもお昼寝。「こっちのほうが安全だな」って連れ合い。


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で、思わぬシャンシャン騒動が勃発。いやはや、スマホで”上野シャンシャンライブ”を見てたら、スマホのインターネットが動かなくなっちゃった。連れ合いに加勢を頼んで、ああでもないこうでもないとひねくりまわしたけどラチがあかない。
サービス会社に電話してもなかなか繋がらない。「電話するな、ってか!」([ちっ(怒った顔)]


ようやくつながったら、ワタシが契約通信量の上限を超えて使っていたらしい・・・ことが判明。動画を見てると通信量が増えるそうです。皆さん、知ってました?

知らんかった。そっち方面に全く疎いオバサンです。「限りある資源ですから有効にご活用ください」って言われちゃった。


今後は家の中でパソコンで見ることにしました。ラインができるから便利だと思ってたけど、スマホってのもなかなか厄介ねえ・・・・([もうやだ~(悲しい顔)][もうやだ~(悲しい顔)]






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御衣黄(ギョイコウ) [日記 犬]

友人たちと(4月のはじめの)お花見の約束をしてたけんだど今年は花が早くてすでに散っています。で、友人のプライベートクラブでの「ランチ&室内楽」に行くことになった。


新丸ビルで待ち合わせしたら、2Fに素敵なロビーがあることを発見!(知ってる人は知ってると思う)


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大きなガラス窓からは東京駅がよく見える。


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ランチをしてから皇居の三の丸尚蔵館わきの”御衣黄(ぎょいこう)”を見に行った。八重さくらはまだ咲いてます。


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緑色の桜、ワタシの大好きなさくら。


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かりんの花も咲いてた。カリンってこんな可愛い花をさかせるのね。


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昨日のシャンシャン。4月7日の午前中。


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今日のシャンシャン [日記 犬]

毎日”上野パンダライブ”をチェックしてますが、大抵シャンシャンは寝てるし、父母は竹(笹?)を食べてるばっかりで。。([もうやだ~(悲しい顔)]


今日は珍しくシャンシャンが木登りしたり水浴びしたり可愛い仕草を見せてくれました。登るのも降りるのもすっかり上手になった!午前中の方がよく動いてるのね。(午前11時過ぎです)


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シンシン(母)はウロウロしてたので、きっとお昼ご飯を待ってたのね。


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「奥の細道を訪ねて 第一回 深川」 [旅行]

~月日は百代の過客にして 行きかふ年もまた旅人なり~

(月日は永遠に旅を続けていく旅人であり、来ては去り去っては来る年々もおなじく旅人である)


あまりにも有名な”奥のほそ道”の書き出し。古文の試験でひたすら現代訳を覚えた人も多いのでは。当時は「なんのこっちゃ?」と思っていた”百代の過客”も、齢七十にもなると、シミジミと実感にせまってきますねぇ。


いうまでもなく"奥のほそ道"は元禄2年(1689年)に、俳人松尾芭蕉が弟子の曽良とともに奥羽から北陸を旅した際の記録(&俳句)文学。紀行文の最高傑作と言われています。教科書には必ず載ってるから序文を覚えておられる方も多いでしょう。


奥のほそ道は江戸の”深川”から始まり、千住~草加~春日部~日光~白河~松島~平泉~尾花沢~山寺~出羽三山~鶴岡~象潟~弥彦~出雲崎~金沢~小松~敦賀を経て、美濃”大垣”に到着するまでの五ヶ月間にわたる長旅の紀行文。でも通読してみるとあっけないほど短い。推敲に推敲を重ねて創作されたものというのが一般的な解釈です。同行した曽良の”曽良日記”という記録文が残されているので、「事実はこうだった、ああだった」という論争もいまだにかまびすしい([わーい(嬉しい顔)]


春日部から参加したという人は「春日部には立ち寄っていないと言う説もあるんですよねえ・・・」と笑ってらした([わーい(嬉しい顔)]


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上の画像は、去年山形旅行で銀山温泉に行った時にも使いました。


”立石寺(山寺)”から、五月雨を集めてはやし”最上川”下り、出羽三山へと辿ったので、期せずして奥のほそ道ルートと重なり、芭蕉&曽良さんの旅をなぞることになった。機会があれば、その他のルートもたどってみたいと思ってたら、今回クラブツーリズムで「奥のほそ道を訪ねて 第一回 深川」というツアーの案内が来たので個人参加したわけです。


人生50年の時代に、芭蕉は41歳~46歳までの5年間で(門弟とともに)しきりに旅に出て”更科紀行”や”笈の小文”など五編の紀行文をものしています。「どんだけ健脚やったんや!」と思いますね。中でも”奥のほそ道”は、研ぎ澄まされた名文に挿入された(誰もが知ってる)数々の名句があまりにも有名。


ともかく芭蕉については、おびただしい研究者が、句の解釈のみならず、その生涯についても、あふれんばかりの著作を世に問い、今でも論争を繰り広げていますので、ワタシごときの出番はないのですが、案内役の郷土史家(芭蕉研究家?)の先生に伺ったことなどを少しづつ書いていきます。


 

ツアーは都営線の”森下”という駅で集合、”清澄白河”という駅で解散した。その辺りが芭蕉の住んだ”深川”ということでウロウロと歩き回ったんですが、


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実は、東京の下町は何度も火事や大震災、戦災の被害にあってるために「ここ!」という確かな史跡が残ってないんですね。コンクリート造りの神社ばかりで、昔の面影をしのぶよすがもありません。三度移り住んだとされる”芭蕉庵”にしても、後世の推量らしい。

 


*長慶寺

芭蕉は元禄7年大坂で(51歳で)客死。門弟の”杉風”や”其角”が深川での弔いのために、遺骸の一部(歯)と句の短冊を埋めた(んではないか)とされるお寺の片隅に碑が建てられています。


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*芭蕉記念館


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昭和56年に江東区が芭蕉を顕彰するために建造した資料館。(なんか味気ないなあ、というのが率直な印象)

この近くで、大正時代の台風の際に、芭蕉遺愛の石カエル(展示してます)が出土して、そこを芭蕉庵跡と認定(?)したそうです。
正確には <古池や かわず飛び込む 水の音> の句から”芭蕉翁古池の跡”と指定された([わーい(嬉しい顔)]
もともとその”古池跡”地に建てられていた資料館だそうですが、関東大震災で全焼したのでここに再建されたとか。


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草庵めいた芭蕉堂の背後には隅田川の景色が広がっています。


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近くの”小名木川”と”隅田川”の合流地点には”芭蕉庵史跡展望庭園”も造られています。40代にしてはめちゃめちゃ老け顔([ふらふら])。


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その芭蕉像が眺めているのは花見の屋形舟が行き交う賑やかな大川(隅田川)。清洲橋が見えてますネ。むろん当時はいっさい橋はかかってなかったはず。


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伊賀上野(柘植とも?)で生まれた芭蕉が、どうして江戸まで出てきたのか(専門家が喧々諤々の論争をしてますが)ワタシにはわかりません。最初は俳句の宗匠として生計を得て日本橋に住んだそうで、さらに深川へ移り住んだのはなぜか、ますます謎ですね。


案内役の先生は「宗匠といっても当時は旦那衆の宴席で句会を催す取りまわしに過ぎなかったので、そんな俗っぽいことがイヤになったんでしょ」と説明してました。なるほど、太鼓持ちだったというわけか。それでも生計の道を捨てて極貧の暮らしを選ぶというのはイマイチ腑に落ちない。


ただ、深川が今も昔も江戸の”川むこう”だというのは、来てみてはじめて実感できたこと。(京でも昔は賀茂川のこちら側かむこう側かでは土地の持ってるイメージが違った)

お江戸の喧騒から逃れて、言い換えれば、文化的なものからは離れて、わざわざ川を渡って、”草庵”を結ぶのには、それなりの動機があったんじゃないかと感じました。


で、芭蕉は本当はスパイだった(伊賀出身だし)とか、連句からの独立、蕉風の確立のためだったとか、いろんな説があるそうです。

深川で水運業(蔵前)の検査役をして生計を得ていたんではないかと読んだこともありますが、小名木川の近くに流れてるこの運河は”仙台濠”というそうです。


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仙台藩の米蔵まで続く濠だったと聞いて(やっぱり奥のほそ道は仙台藩へのスパイ活動かな?)とチラッと思ったりしました。甲賀出身の我が身としては伊賀出身の芭蕉さんは親しい存在なんですけどネ(山越えたら柘植だし。。)


*芭蕉庵跡(芭蕉稲荷神社)

37歳で日本橋から深川に越してきた芭蕉が、弟子の魚問屋・杉山杉風(さんぷう)の援助を得て結んだ草庵跡とされています。「エッ、こんな狭いの?」とビックリ。


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先に述べた石カエルはこの古池跡地から出土したらしい。でも池があるわけではない。かの句は”心象風景”を詠んだとされていますからね。


初期の庵は振り袖火事で全焼、2代目の庵も同じ地に結んだとか。

芭蕉の株を門前に植えたところ大きく育ったので”芭蕉庵”とよばれるようになり、自身の号も”桃青”から”芭蕉(はせを)”に変えたといわれています。


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地元では稲荷神社として信仰を集めてるそうですが、芭蕉がなんでお稲荷さんなのか意味わからん(?)そこんところの説明は無かったナア。


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桜の幹にぶら下がってたこの句が胸にグッと来た!<さまざまの ことおもいだす 桜かな> 


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*芭蕉稲荷神社のすぐそばが萬年橋。小名木川の川端番所跡です。


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芭蕉も見ていたであろう場所からの眺め。


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*臨川寺

ワタシ的にはツアーの中で一番興味深かったお寺です。もともと小名木川に面していたから臨川寺。臨済宗の禅寺で芭蕉庵から歩いても数分。この寺の住職”仏頂和尚”さんとよほど波長があったのでしょう。芭蕉が毎日座禅に通ったと言われています。そのころ芭蕉37歳、和尚は39歳。寺にあったこの木像は当時の芭蕉の面影を彷彿させるものでした。


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お寺の(現)住職の説明では、職人の長屋が連なるこの地で、唯一気の合う知識人同士として話がはずみ、禅の教えも学んだのではないか、それが後の作句にも大きな影響を与えているということでした。


芭蕉の教養はどこで身につけたものかわかりませんが、和漢の古典や謡曲など多岐に渡っていて、紀行文や発句の中に見事に生かされています。
この仏頂禅師との交流も、奥のほそ道で下野国の”雲巌寺(うんがんじ)”を訪ねた際に<啄木(キツツキ)も 庵はやぶらず 夏木立>の句として残されています。雲巌寺は仏頂和尚が修行を積まれた名刹だとか。


和尚が鹿島の本山に行かれた時には芭蕉も追いかけるように禅師をたずねているそうです(鹿島紀行)。芭蕉が客死したあとは和尚が戒名を贈り仏前に安置、それまで臨川”庵”とされていた庵を臨川”寺”とする際には、亡き芭蕉を”開基”としたそうで、二人の濃密な交流がうかがわれます。


現在の臨川寺は境内も狭くなって小名木川からは離れていますが、後世の俳人たちが由緒を記した石碑を建てたり、今日までその由来を伝える努力を続けておられるようです。


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*その後は(芭蕉とは何の関係もない)清澄庭園を散策。いや、<ふる池や~>の句碑だけありました。清澄庭園のカメ。甲羅干しにはもってこいのいいお天気。


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*最後に、旅立ちの場所”採荼庵(さいとあん)”に向かいます。


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運河の脇にある小屋は、芭蕉庵を人に譲って<草の戸も 住み替る世ぞ 雛の家>から、旅の支度を整えるために過ごした”杉風が別墅”跡です。


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いよいよ旅立ち、<弥生も末の七日>。ここから小舟に乗って千住まで向かいます。この日はちょうど3月末だったんだけど、芭蕉の旅立ちは旧暦ですから5月になるそうです。

<弥生も末の七日・・・上野・谷中の花の梢、又いつかはと心細し・・・前途三千里の思ひ胸にふさがりて、幻の巷に別離の涙をそそぐ~>

<行く春や 鳥啼き 魚の目は泪>魚は魚屋の杉風を指すらしい。気配りの俳聖ですね(笑)


そうそう、ランチの深川めし(アサリの蒸しご飯)が美味しかったので紹介しておきます。”みやこ”というお店。芭蕉資料館のすぐそばでした。


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案内してもらうと自分で道を探さなくて済むというメリットはありますがそれ以上のこともない。次回は自分で(連れ合いに運転してもらって)奥のほそ道、那須方面(雲巌寺や遊行柳)へ行こうかな、と思ってるワタシです。

















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3月に観た舞台 [美術館 観劇]


* 3月国立歌舞伎公演「梅雨小袖昔八丈」「増補忠臣蔵 本蔵下屋敷」



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* 藤波能の会「東北」「春日龍神」狂言「茶壺」ほか


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* 女性能楽師による特別公演 能「高砂」ほか


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3月に読んだ本 [読んだ本]

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* 中国では書けない中国の話  余華


* 一茶の相続争い 高橋敏


* 中国はなぜ軍拡を続けるのか 阿南友亮


* ハッチとマーロウ 青山七恵


* ねこ背を治す教科書


* 承久の乱と後鳥羽院 関幸彦


* 赤ちゃんとママがぐっすり眠れる本


* ドラママチ 角田光代


* 陰謀の日本中世史  呉座勇一


 




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「寛永の雅」サントリー美術館 [美術館 観劇]

東京六本木のミッドタウンでお花見。お江戸は花のまっさかり!(29日)


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この桜並木に囲まれたサントリー美術館では「寛永の雅(かんえいのみやび)」展を開催中。この日は車で都心まで(ラクチン[わーい(嬉しい顔)])ラッキーなことにミッドタウンのパーキングも空いてた。


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”寛永”とはもちろん江戸時代の寛永年間のこと。江戸では将軍徳川家光と、京都では後水尾天皇の時代。幕府の三代目は戦乱で乱れた世と民心を安定させるため、寺社仏閣の修理や都市機能の快復など様々な政策に心をくだきますが、朝廷との融和もその一つ。家光妹和子(まさこ)を後水尾帝の女御に入内させます。二代将軍秀忠とお江のあまたの子どもたちは次々と政略結婚させられていますが、公武合体で朝廷に入った和子(東福門院)もその一人で、豊臣家に嫁いだ千姫の妹にあたる人。後水野帝との間に(後に女帝となる)明正天皇を産んでいます。


この和子の入内を描いた屏風絵がとても面白かった。徳川美術館蔵の「東福門院入内図屏風」です。
左隻には二条城から飾り立てた牛車(女車)が連なって出ていく所、右隻には次々と御所に入っていく嫁入り道具の数々。(下は右隻)


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行列の両脇には等間隔で道に座する警護の武士たち。「機動隊みたいだなぁ」と連れ合い。二条城の隣には京都所司代屋敷も描かれていて「板倉勝重(重宗?)は大変だっただろうなぁ!」といたく同情してました(笑)


幕府側は”禁中並公家諸法度”を発布、後水尾帝はそれに反発して紫衣事件を起こすなど、武家政権と京の王権との緊張関係が続いていた時代です。家光は(チョー個性的な)後水尾帝をなだめたりすかしたり莫大な費用をかけて懐柔に努めます。その結果として”修学院離宮”の造営や、京の寛永文化が花開くことにもなるんですが。。。


入内図屏風には警護の武士の後ろから見物しようと集まる物見高い京童たちの様子も詳しく描かれ当時のビッグイベントだったことが一目瞭然。絵画的には特筆することもないけど、記録目線で素直に描かれている印象をうけます。


この展示では(戦国期の)桃山文化とは大きく違った、(泰平にならんとする時代)古典回帰に走った公家たちや町衆の京文化と江戸で花開いた武士の文化、時には交流し共鳴したであろう同時代の公武の美意識を「寛永の雅」と名付けて紹介しています。


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美術史的には”小堀遠州”、”狩野探幽”、”野々村仁清”など、名前を聞いただけで「ああ、わかりやすいねえ!」と目に浮かぶような代表選手の作品が並んでいます。ただし、一般に持たれている”きれい”や”わかりやすい”だけの先入観を再考してみようという試みもあるらしい。


(実際、大まかな印象として)遠州の”綺麗さび”や探幽の”余白の美”、あるいは仁清の色絵陶磁器など、いわゆる”端正&優雅”とされてきた美意識からは「アレ?ちょっと違うな」と感じる作品が多かったですね。

特に仁清の焼き物はどちらかといえば、シンプルで素朴さが目立った。解説に「色絵は地方からの要望で造られたのでは・・」と書かれていて面白かったですけど、<京好みではなかった>ということかしらね。(まあ、色絵香合や釘隠しなど仁清ならではの造形物も展示してましたので何でも出来た人だったんだなあと改めて思いましたが。)


後水尾帝が修学院離宮で焼かせたという(下の)「冠形大耳付水指」なんか(ワタシ的にはすごく気にいったけど)まるで縄文土器みたいでした。


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(チラシの下にちょっこと出てるけど)心惹かれたのは、遠州好みの瀬戸の肩衝茶入”飛鳥川”。これは素晴らしくきれいだった。さらに面白かったのが後水尾さんの宸筆「忍」の一文字。(雅というより激情ですけどね[わーい(嬉しい顔)]



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”イカナゴの釘煮”が届いた! [日記 犬]

待ちに待った”イカナゴの釘煮”が届きました。


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昨年知人からいただいた神戸の”樽正”の”イカナゴの釘煮”があまりに美味しかったので、今年は絶対注文する、と決めてた。イカナゴは”春告魚”とも言うそうで、播磨灘から水揚げされたのをその日のうちに加工して発送してくれるのはこの時期のみ。モチロン「我が家のお取り寄せ」に仲間入り[手(チョキ)]


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神田川沿いのソメイヨシノ。ポカポカ陽気に誘われて人もぞろぞろ・・・(啓蟄かい?)


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ミルクのお散歩コースでもしだれや紅桜の競演です。(寒い冬だったけど)やっぱり春はくるんですね!


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女性能楽師による企画公演(国立能楽堂)能「高砂」ほか [美術館 観劇]

連日の観能です。国立能楽堂の企画公演”女性能楽師による”仕舞と演能。


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残念ながら能楽界はいまだ”男尊女卑”の世界。見所(観客)や素人弟子には女性が目立ってきましたがプロとなると能楽師も囃子方もまだ少ない。


国立では毎年女流による公演の企画をされていますが、ワタシはことさらと思い、今まで気にせずにきました。ただお稽古が進むにつれ、やはり女性の謡の声と男性のそれとを意識せずにはいられなくなり「どうすべえ???」と悩んでもいるので、なにかヒントをもらえないかと思い出かけてきました。


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素人初心者の分際であれこれ申すのもおこがましいのですが、日頃から思っている女性の演能について書かせてもらいます。


能は600年あまり男性優位で演じられてきた演劇の一種で、舞と謡(コトバも含む)で構成されています。中で”謡(うたい)”とよばれる声楽は、西洋音楽と違って絶対音感のない世界。シテやワキは自分の声の高さをもとに音程を決め、バックコーラスの”地謡”もそれに合わせて謡います。(いいかげんっちゃいい加減[わーい(嬉しい顔)])。畢竟、この声は男性の声を前提としたもの。


ここで重要なのは「声色を作っちゃイケナイ!」こと。年若い貴婦人でも、精悍な武者でも、年老いた姥でも尉でも、幽霊でも、すべて”現在の自分の地声”で出さなくちゃイケナイ。しかもノドからでなく腹から出さなくちゃイケナイ。これがすごく難しい。役を謡い分けするためには、声の質ではなくて、テンポとか緩急とかを考えなくちゃならない。過度の感情移入もまずい。(義太夫にも通じるような気がする)だから、しわがれ声の姫なんてのもアリなわけ([わーい(嬉しい顔)]


その上”謡”には指揮者がいないし、譜面もないし楽器の伴奏もない。(囃子方とはテンポと間合いを合わせるそうです)
合唱とはいえコーラスとはまったく違う次元のものなんですが、男性同士が演じる場合は”地声”にそれほど差がないので”役謡”と”地謡”の掛け合いにもさほど違和感が生じない。それが女性と男性の混合だとすると、かなり厳しくなってくるんですね。いわゆるキーが違うというのかな。聞き苦しいのね。


女性は低音領域の中音以下に問題を残すと言われています。要するに低い音だと声が出ない。ワタシの場合、1オクターブ高くしたり低くしたりして工夫してましたが男性と一緒に謡うのには辛かった。最近年取ったせいか、地声が低くなってきたのでずいぶん助かっています(笑)今回も仕舞の「百万」と「藤戸」の演者はお歳をめしてたせいか男性の地声に近かったです。人によってはわざとノドを潰したりすることもあるそう。
女性の場合、プロでも素人でもかなり高い声の謡が多いので、なんだかなあと・・・がっかりすることも多いのが現状です。


で、今回の女流能に戻ると「高砂」を勤められた鵜澤久師がずいぶん頑張っておられ、個人レベルで舞を極めたりはできるけれど、集団の芸術として女流能が成り立つのかどうかという問題提起を以前からされているんです。


2~3年前の新聞批評ですが、共感して取り置いていたのを紹介します。


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能は(歌舞伎や浄瑠璃なども同じ)”たまたま”男性が演じてきただけなのか?数百年の歴史で男性のものと刷り込みされてきただけではないか?とも思えますが、一方で(芸術として)観る人に感動を与えるという意味ではどうなのか?とも思うので、いつも堂々巡りの思考に落入ってしまいます。


今回は宝生流の仕舞二番と観世流の仕舞と、観世流(銕仙会)の能「高砂」の演目だったのですが、最初の仕舞「野守」はやはり女声がめだってしまって・・([ふらふら])。

能「高砂」も地謡は(観世銕之丞師の地頭で)男性集団。みごとなツヨ吟を聴かせてもらった。悔しいけれど、この地謡を女性だけで勤めるのは難しいだろうなと思ってしまう。(笛と小鼓、後見の一人は女流でした)

友人によれば、銕仙会は女流能楽師の舞台を認めているそうですが、流派によって考え方は異なり女性と男性の舞台を別々に分けているところもあるそうです。


鵜澤久師は高砂のシテ(男神)を颯爽と舞われていました。小柄な方だけど、スピード感を出すために歩数を稼ぐように歩幅を小さくしていたり、随所に工夫がみられました。師は音域が広く声がお腹から出るので女声と感じさせないのですが、それでも(正直)女面をつけておられる舞台のほうが、安心して聴ける。


あぜくら会の会報で、歌舞伎役者の坂東彦三郎さんが「(祖父や父から)声を枯らさずにせりふを伝えるにはお腹から声を出すことのほか”お腹にある言葉を喋りなさい”と教わりました。感情が喉や胸にある状態では心がこもったせりふにならない。感情をお腹の下まで落として咀嚼し、お腹の奥底から言葉を出すと、役の性根につながり、せりふに感情が乗りやすくなります」と語っておられたのが印象に残っていたのですが、ひょっとしてこれがヒントになるかも。男女を問わずですが。。。






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さくらさくら [日記 犬]

ミルクのお散歩コースでもさくらが咲きました! (どこにでもある)ソメイヨシノ。


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しだれ桜。楽しませてもらってます([手(チョキ)]


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ワタシ的に一番気にいってるのがコレ。一本の樹に薄紅や濃い紅色の花が混じり合って咲いてます。まだ若木だけど存在感はバツグン。なんていう種類かしら?


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